17 『源氏物語』は古人にどう評価されたか。
『源氏物語の謎』増淵勝一 著 - 国研ウェブ文庫
『源氏物語』の成立が初めて確認できるのは、寛弘五年(1008)十一月一日の敦成親王(のちの後一条天皇)御五十日(いか)の賀宴の席で、左衛門督藤原公任(きんとう)から紫式部が、「あなかしこ(ごめんください)、このわたりに若紫やさぶらふ(若紫さんはおられませんか。)」と声をかけられた時だと言われています。これがきっかけで彼女は紫式部と呼ばれるに至ったのです。そこで平成二十四年度から、この十一月一日を古典の日とすることが法律で定められました。
公任が紫式部を若紫に見立てようとしたのは、紫の上の少女時代の可憐で、無邪気で、清楚なイメージを高く評価していたからでしょう。つまりそういうすてきな人物を描いている『源氏物語』を文学的な感動を与えてくれる作品であると評価していたからに他なりません。
このような『源氏物語』の根本は、人の心を動かすもの、感動であるという評価は、『更級日記』の作者菅原孝標(たかすえ)の娘をはじめとして、中世の歌人である藤原俊成や定家、それに俊成の娘の『無名草子』などにも受けつがれ、『源氏物語』評価の本流となるのです。
一方、同じころ『源氏物語』を女房に読ませて聞いていた一条天皇は、「この人(作者紫式部)は『日本紀』をこそ読み給ふべけれ」と仰しゃったことから、紫式部は「日本紀の御局(みつぼね)」というあだ名がつきました。一条天皇は『源氏物語』の知的な要素を評価したわけです。
なお、これは前回にも指摘しましたが、左大臣藤原道長は、紫式部に「好き者と名にし立てれば云々」と歌をよみかけました。これは冗談半分とはいえ、『源氏物語』を好色小説と見立てているところからの発言です。
このように、『源氏物語』を(一)文学的な感動を与える作品、(二)知識を与えてくれる物語、(三)好色物語、という三つの評価が『源氏物語』の成立当時からあったことがわかります。
『源氏物語の謎』増淵勝一 著 目次
- 『源氏物語』はいつ書かれたか
- 『源氏物語』はどんな物語か
- 『源氏物語』の巻名はだれがつけたものか
- 『源氏物語』の時代設定はいつか
- 光源氏に愛された女性の中で、一番しあわせだったのはだれか
- 『源氏物語』の伝本にはどんなものがあるか
- 『源氏物語』の三大滑稽人物とはだれか?
- 『源氏物語』という書名ははじめから付けられていたものか?
- 『源氏物語』の「もののあはれ」とは何か?
- 紫式部の名の由来は?
- 光源氏はなぜ義母の藤壺を思慕したのか。
- 「桐壺」とは何か
- 「雨夜の品定め」とは何か
- 「帚木」とは何か
- 『源氏物語』の三箇(さんか)の大事(だいじ)とは何か
- 紫式部堕獄(だごく)説とは何か
- 『源氏物語』は古人にどう評価されたか。
- 紫式部はどういう生涯を送ったか
- 登場人物の名づけ親は誰か
- 源氏物語の文章の「すべらかし」調とは?
- 光源氏の「二条院」はどこにあったか
- 源氏物語に描かれた結婚形態とは
- 「紅葉賀(もみじのが)」とは何か
- 源氏物語に近親結婚が多いのはなぜか
- 結婚を拒否する女性
- 光源氏はどんな容貌・容姿であったか
- 源氏物語の遺跡にはどんなものがあるか
- 源氏物語の構成はどうなっているか
- 乳母(めのと)とは何か
- 源氏物語には何首の和歌があるか。
- 「総角」巻の巻名の由来は何か。
- 光源氏はなぜ須磨に籠居したのか。
- 「夢浮橋」の巻名の由来は何か
- 光源氏の経済的基盤はどこにあったか(1)
- 弘徽殿の大后のモデルは誰か
- 桐壺の更衣のモデルは誰か
- 紫式部観音化身説とは?
- 光源氏の経済的基盤はどこにあったか(2)
- 源氏物語』の登場人物は何人ぐらいいるか?
- 『源氏物語』に登場する敵役(かたきやく)
- 主な女君たちの命日
- 平安貴族の住居はどんなものであったか
- 宇治の八の宮は二人の姫君を残してなぜ出家を目指すことができたか
- 源氏物語が長い間読まれつづけているのはなぜか
- 『源氏物語』の最も古い注釈書とは
- 「かがやく日の宮」巻とは何か
- 「澪標」の巻名の由来は?
- 『源氏物語』に描かれた病気
- 紫式部の教養
- 古注の集大成―『河海抄』
- 世界文学史上の『源氏物語』
- 紫式部の学問観
- 光源氏薨後の夫人たちの生活は?
- 物怪(もののけ)とは何か
- 「宿木(やどりぎ)」とは?
- 女君たちの魅力は?
- 六条院とはどんな邸宅であったか
- 女三の宮と柏木との関係を知った光源氏はどう対処したか?
- 紫式部の住居はどこにあったか?
- 作り物語の『源氏物語』に実在の人物が登場するのはなぜか?
- 紫式部と藤原道長の関係について
- 源氏物語に及ぼした伊勢物語の影響
- 「鈴虫」の巻名の由来は?
- 「侍従」という女房の役割は何か
- 光源氏が一番美人だと認めていた女君は誰か
- 紫式部の墓はどこにあるか
- 「雲隠」の巻は原作にあったのか
- 男君たちの魅力は
- 源氏物語に見える音楽
- 年立ての矛盾
- 各巻のあらすじ(1)桐壺・帚木
- 女君を選ぶとしたら?
- 各巻のあらすじ(2)空蝉・夕顔
- 『源氏物語』の続編(1)―『山路の露』―
- 各巻のあらすじ(3)若紫・末摘花
- 『源氏物語奥入(おくいり)』とは
- 源氏香とは何か
- 平安時代の風呂はどんなものであったか
- 牛車(ぎっしゃ)とは何か
- 貴族の日常生活はどういうものであったか
- 源氏物語にはなぜ大災害が描かれていないのか
- 源氏物語にあらわれた宿世観
- 源氏物語に登場する僧侶
- 『源氏物語』の主役の条件
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