60 作り物語の『源氏物語』に実在の人物が登場するのはなぜか?
『源氏物語の謎』増淵勝一 著 - 国研ウェブ文庫
『源氏物語』は虚構の物語ですが、たとえば開巻「桐壺」に、
このごろ明け暮れご覧ずる、「長恨歌」の御絵、亭子院(宇多天皇)の書かせ給ひて、伊勢・貫之によませ給へる、大和言の葉をも、もろこしのうたをも、ただその筋を枕ごとに(桐壺帝は)せさせ給ふ。とあります。宇多天皇(887年-97年在位)の筆になる「長恨歌」の御絵、それに付けられた伊勢(877年?-939年)や紀貫之(868年-946年)の画賛の和歌につけ、漢詩につけ、桐壺帝はもっぱら玄宗・楊貴妃の悲恋のことを明け暮れの話題にしている、というのです。つまり架空の桐壺帝ではありますが、宇多天皇や伊勢や貫之の作品を読んでいるのですから、ひょっとしたら桐壺帝は宇多天皇のお子さんである醍醐天皇(897年-930年在位)あたりがモデルになっているのではないかという想像が出来ます。
さらに「須磨」の巻には、光源氏が須磨の景色を上手に画いたところ、従者たちが、
このごろの上手にすめる、千枝・常則などを召して、作り絵仕うませらばや、と心もとながり合へり。とあります。千枝や常則は村上天皇の天暦(947年-57年)ごろの高名の絵師です。村上天皇は醍醐天皇のお子さんです。桐壺帝や源氏は醍醐天皇や村上天皇の時代に実在しているかのように書かれているのです。
つまり実在の人物を物語に取り入れることによって、『源氏物語』は架空の物語ではなく、事実にもとづく物語である、本当にあった話なのだ、という現実感を読者に印象づけることになるのです。
なお、「宇治十帖」に特筆される横川の僧都は、紫式部と同時代の横川の僧都・源信のイメージとも重なります。これによって作中人物がよりよく理解されて、物語世界の奥行きを拡げる働きをしていると言えましょう。
作成日:2014年10月16日
『源氏物語の謎』増淵勝一 著 目次
- 『源氏物語』はいつ書かれたか
- 『源氏物語』はどんな物語か
- 『源氏物語』の巻名はだれがつけたものか
- 『源氏物語』の時代設定はいつか
- 光源氏に愛された女性の中で、一番しあわせだったのはだれか
- 『源氏物語』の伝本にはどんなものがあるか
- 『源氏物語』の三大滑稽人物とはだれか?
- 『源氏物語』という書名ははじめから付けられていたものか?
- 『源氏物語』の「もののあはれ」とは何か?
- 紫式部の名の由来は?
- 光源氏はなぜ義母の藤壺を思慕したのか。
- 「桐壺」とは何か
- 「雨夜の品定め」とは何か
- 「帚木」とは何か
- 『源氏物語』の三箇(さんか)の大事(だいじ)とは何か
- 紫式部堕獄(だごく)説とは何か
- 『源氏物語』は古人にどう評価されたか。
- 紫式部はどういう生涯を送ったか
- 登場人物の名づけ親は誰か
- 源氏物語の文章の「すべらかし」調とは?
- 光源氏の「二条院」はどこにあったか
- 源氏物語に描かれた結婚形態とは
- 「紅葉賀(もみじのが)」とは何か
- 源氏物語に近親結婚が多いのはなぜか
- 結婚を拒否する女性
- 光源氏はどんな容貌・容姿であったか
- 源氏物語の遺跡にはどんなものがあるか
- 源氏物語の構成はどうなっているか
- 乳母(めのと)とは何か
- 源氏物語には何首の和歌があるか。
- 「総角」巻の巻名の由来は何か。
- 光源氏はなぜ須磨に籠居したのか。
- 「夢浮橋」の巻名の由来は何か
- 光源氏の経済的基盤はどこにあったか(1)
- 弘徽殿の大后のモデルは誰か
- 桐壺の更衣のモデルは誰か
- 紫式部観音化身説とは?
- 光源氏の経済的基盤はどこにあったか(2)
- 源氏物語』の登場人物は何人ぐらいいるか?
- 『源氏物語』に登場する敵役(かたきやく)
- 主な女君たちの命日
- 平安貴族の住居はどんなものであったか
- 宇治の八の宮は二人の姫君を残してなぜ出家を目指すことができたか
- 源氏物語が長い間読まれつづけているのはなぜか
- 『源氏物語』の最も古い注釈書とは
- 「かがやく日の宮」巻とは何か
- 「澪標」の巻名の由来は?
- 『源氏物語』に描かれた病気
- 紫式部の教養
- 古注の集大成―『河海抄』
- 世界文学史上の『源氏物語』
- 紫式部の学問観
- 光源氏薨後の夫人たちの生活は?
- 物怪(もののけ)とは何か
- 「宿木(やどりぎ)」とは?
- 女君たちの魅力は?
- 六条院とはどんな邸宅であったか
- 女三の宮と柏木との関係を知った光源氏はどう対処したか?
- 紫式部の住居はどこにあったか?
- 作り物語の『源氏物語』に実在の人物が登場するのはなぜか?
- 紫式部と藤原道長の関係について
- 源氏物語に及ぼした伊勢物語の影響
- 「鈴虫」の巻名の由来は?
- 「侍従」という女房の役割は何か
- 光源氏が一番美人だと認めていた女君は誰か
- 紫式部の墓はどこにあるか
- 「雲隠」の巻は原作にあったのか
- 男君たちの魅力は
- 源氏物語に見える音楽
- 年立ての矛盾
- 各巻のあらすじ(1)桐壺・帚木
- 女君を選ぶとしたら?
- 各巻のあらすじ(2)空蝉・夕顔
- 『源氏物語』の続編(1)―『山路の露』―
- 各巻のあらすじ(3)若紫・末摘花
- 『源氏物語奥入(おくいり)』とは
- 源氏香とは何か
- 平安時代の風呂はどんなものであったか
- 牛車(ぎっしゃ)とは何か
- 貴族の日常生活はどういうものであったか
- 源氏物語にはなぜ大災害が描かれていないのか
- 源氏物語にあらわれた宿世観
- 源氏物語に登場する僧侶
- 『源氏物語』の主役の条件
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