65 光源氏が一番美人だと認めていた女君は誰か
『源氏物語の謎』増淵勝一 著 - 国研ウェブ文庫
『源氏物語』には容貌・容姿も美しく、かつ上品で、利発で、趣味・教養にすぐれている、いわゆる才色兼備の女性が何人も登場しています。
たとえば「朝顔」巻末で、雪の降り積った二条院の庭を眺めながら、源氏が紫の上と女君たちの批評をする条があります。
藤壺 柔らかにおびれたるものから、深うよしづきたる所の、並びなくものし給ひしを(女らしく、内気ながら、奥深く趣ある点で、たぐいまれである)。
紫の上 (藤壺のお血筋で、よく似ておられるが)、少しわづらはしき気添ひて、かどかどしさの進み給へるや苦しからむ(少し嫉妬心があって、きかぬ気のまさっておられるのが、困ったものです)。
朝顔 さうざうしきに、何とはなくとも聞こえ合はせ、われも心づかひせらるべき御あたり…(物さびしい折に、ちょっとしたことでも相談し合い、こちらも気づかいされる御方で…)。
朧月夜 なまめかしう、かたちよき女のためしには、なほ引き出でつべき人ぞかし(優美で、美人の例には、やはり引き出したい方ですよ)。
花散里 心ばへこそふり難く、らうたけれ(性質は、実に昔と変らず、かれんです)。
また「玉鬘」巻末の、歳暮の衣張りの条では、女君たちにふさわしい衣料が贈られており、間接的に女君たちの個性が確認できます。
紫の上 紅梅のいと紋浮きたる葡萄(えび)染めの御小袿、今様色(濃い紅梅色)のいとすぐれたる(袿)。
明石姫君 桜の細長に、つややかなる掻練(かいねり)(の袿)。
花散里 浅縹(はなだ)の海賦(かいぶ)の織り物(小袿)、織りざまなまめきたれど、にほひやかならぬに、いと濃き掻練(袿)。
玉鬘 曇りなく赤き(袿)に、山吹の花の細長。
末摘花 柳の織り物の、よしある唐草を乱れ織れる(袿)も、いとなまめきたる…。
明石の御方 梅の折り枝・蝶・鳥飛びちがひ、唐めいたる白き小袿に、濃きがつややかなる(袿)重ねて。
空蝉 青鈍(にび)の織物、いと心ばせあるを見つけ給ひて、御料にあるくちなし(黄色)の御衣、ゆるし色(薄紅色)なる添へ給ひて。
実に美々しく、絢爛豪華で、それでいて同じ衣料はありません。女君たちの個性が衣裳で類推されるわけです。
ところで、同じく「玉鬘」巻で右近と長谷詣でで出会った玉鬘の乳母とが、玉鬘の将来を話し合う条で、右近は、
大臣(源氏)は(中略)、当帝(冷泉帝)の御母后と聞こえし(藤壺)と、この(明石)姫君の御かたちとをなむ、『よき人(美人)とはこれを言ふにやあらむと覚ゆる』と聞こえ給ふ。見奉り並ぶるに、かの后の宮(藤壺)をば知り聞こえず。(明石)姫君は清らにおはしませど、まだ片なりにて(お小さくて)、生ひ先ぞ推し量られ給ふ。上(紫の上)の御かたちは、なほ誰か並び給はむとなむ見え給ふ。殿もすぐれたりと思しためるを、言に出でては、何かは数(かぞ)へのうちには聞こえ給はむ。『われに並び給へるこそ(私ほどの男に立ち並ばれるとは)、君はおほけなけれ(あなたも身に過ぎていますね)』となむ、戯れ聞こえ給ふ。と言っています。つまり光源氏は、一に藤壺、二に紫の上(これは謙遜して口には出さない由)、三に明石姫君を「よき人(美人)」と言っているということになります。光源氏は生涯藤壺への思慕を抱きつづけたということですね。
作成日:2015年1月22日
『源氏物語の謎』増淵勝一 著 目次
- 『源氏物語』はいつ書かれたか
- 『源氏物語』はどんな物語か
- 『源氏物語』の巻名はだれがつけたものか
- 『源氏物語』の時代設定はいつか
- 光源氏に愛された女性の中で、一番しあわせだったのはだれか
- 『源氏物語』の伝本にはどんなものがあるか
- 『源氏物語』の三大滑稽人物とはだれか?
- 『源氏物語』という書名ははじめから付けられていたものか?
- 『源氏物語』の「もののあはれ」とは何か?
- 紫式部の名の由来は?
- 光源氏はなぜ義母の藤壺を思慕したのか。
- 「桐壺」とは何か
- 「雨夜の品定め」とは何か
- 「帚木」とは何か
- 『源氏物語』の三箇(さんか)の大事(だいじ)とは何か
- 紫式部堕獄(だごく)説とは何か
- 『源氏物語』は古人にどう評価されたか。
- 紫式部はどういう生涯を送ったか
- 登場人物の名づけ親は誰か
- 源氏物語の文章の「すべらかし」調とは?
- 光源氏の「二条院」はどこにあったか
- 源氏物語に描かれた結婚形態とは
- 「紅葉賀(もみじのが)」とは何か
- 源氏物語に近親結婚が多いのはなぜか
- 結婚を拒否する女性
- 光源氏はどんな容貌・容姿であったか
- 源氏物語の遺跡にはどんなものがあるか
- 源氏物語の構成はどうなっているか
- 乳母(めのと)とは何か
- 源氏物語には何首の和歌があるか。
- 「総角」巻の巻名の由来は何か。
- 光源氏はなぜ須磨に籠居したのか。
- 「夢浮橋」の巻名の由来は何か
- 光源氏の経済的基盤はどこにあったか(1)
- 弘徽殿の大后のモデルは誰か
- 桐壺の更衣のモデルは誰か
- 紫式部観音化身説とは?
- 光源氏の経済的基盤はどこにあったか(2)
- 源氏物語』の登場人物は何人ぐらいいるか?
- 『源氏物語』に登場する敵役(かたきやく)
- 主な女君たちの命日
- 平安貴族の住居はどんなものであったか
- 宇治の八の宮は二人の姫君を残してなぜ出家を目指すことができたか
- 源氏物語が長い間読まれつづけているのはなぜか
- 『源氏物語』の最も古い注釈書とは
- 「かがやく日の宮」巻とは何か
- 「澪標」の巻名の由来は?
- 『源氏物語』に描かれた病気
- 紫式部の教養
- 古注の集大成―『河海抄』
- 世界文学史上の『源氏物語』
- 紫式部の学問観
- 光源氏薨後の夫人たちの生活は?
- 物怪(もののけ)とは何か
- 「宿木(やどりぎ)」とは?
- 女君たちの魅力は?
- 六条院とはどんな邸宅であったか
- 女三の宮と柏木との関係を知った光源氏はどう対処したか?
- 紫式部の住居はどこにあったか?
- 作り物語の『源氏物語』に実在の人物が登場するのはなぜか?
- 紫式部と藤原道長の関係について
- 源氏物語に及ぼした伊勢物語の影響
- 「鈴虫」の巻名の由来は?
- 「侍従」という女房の役割は何か
- 光源氏が一番美人だと認めていた女君は誰か
- 紫式部の墓はどこにあるか
- 「雲隠」の巻は原作にあったのか
- 男君たちの魅力は
- 源氏物語に見える音楽
- 年立ての矛盾
- 各巻のあらすじ(1)桐壺・帚木
- 女君を選ぶとしたら?
- 各巻のあらすじ(2)空蝉・夕顔
- 『源氏物語』の続編(1)―『山路の露』―
- 各巻のあらすじ(3)若紫・末摘花
- 『源氏物語奥入(おくいり)』とは
- 源氏香とは何か
- 平安時代の風呂はどんなものであったか
- 牛車(ぎっしゃ)とは何か
- 貴族の日常生活はどういうものであったか
- 源氏物語にはなぜ大災害が描かれていないのか
- 源氏物語にあらわれた宿世観
- 源氏物語に登場する僧侶
- 『源氏物語』の主役の条件
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