48 『源氏物語』に描かれた病気

『源氏物語の謎』増淵勝一 著 - 国研ウェブ文庫

「近代文学は病気から始まる」と言った評論家がいたそうですが、それは『源氏物語』でも同じです。「若紫」巻にわらわやみを患った光源氏は北山の聖のもとを訪れ、加持祈祷をしてもらいますが、その治療のあい間に、生涯の伴侶となる幼女の紫の上に出会うといった事例です。

(1)このわらわやみは、瘧(おこり)・「えやみ」ともいい、隔日または毎日一定時間に発熱する病で、多くはマラリヤを指します。当時の京都はマラリヤ蚊の発生に都合のよい気候・風土等であったと言われます。

(2)しはぶきやみ「夕顔」巻に、夕顔急死のショックで寝込んでいる源氏を見舞う頭中将に、源氏が「この暁よりしはぶきやみにや侍らむ、頭いと痛くて苦しければ云々」と欠勤の言い訳けをする条があります。咳病(がいびょう)とも呼ばれ、咳と頭痛を主要症状とする気管支炎や流行性感冒に相当するものです。

(3)風病(ふびょう)風・風の病・みだり風などとも呼ばれます。「宿木」巻に、明石中宮が「御かぜにおはしましければ」などとあります。風邪のほか、中風などの神経系疾患をもさしています。

(4)脚病(かくびょう)あしのけ(脚の気)とも。かつけ(脚気)のこと。「夕霧」巻に「脚の気ののぼりたる心地す」等とあります。

(5)腹の病「空蝉」巻に「腹を病みて」等とあります。腸炎や下痢・便秘などの類です。

(6)胸の病胸のけとも。「若菜」下巻で、紫の上が「胸はときどきおこりつつ」等とあります。胸部全般にわたる種々の病気が含まれ、また結核性疾患もさします。

(7)歯の病「賢木」巻に冷泉院のみそっ歯の記事があります。また「総角」巻に「弁の歯はうちすきて愛敬なげに」とあるのは、年老い、歯の脱けた状態を言っています。

(8)目の病「明石」巻に朱雀院が夢で桐壺院ににらまれて、「御目わづら」ったとあります。ヒステリー性失明症といわれます。

要するに、現代の私たちと同様、『源氏物語』の時代にも、沢山の病気があったということがわかります。

作成日:2014年4月4日

『源氏物語の謎』増淵勝一 著 目次

  1. 『源氏物語』はいつ書かれたか
  2. 『源氏物語』はどんな物語か
  3. 『源氏物語』の巻名はだれがつけたものか
  4. 『源氏物語』の時代設定はいつか
  5. 光源氏に愛された女性の中で、一番しあわせだったのはだれか
  6. 『源氏物語』の伝本にはどんなものがあるか
  7. 『源氏物語』の三大滑稽人物とはだれか?
  8. 『源氏物語』という書名ははじめから付けられていたものか?
  9. 『源氏物語』の「もののあはれ」とは何か?
  10. 紫式部の名の由来は?
  11. 光源氏はなぜ義母の藤壺を思慕したのか。
  12. 「桐壺」とは何か
  13. 「雨夜の品定め」とは何か
  14. 「帚木」とは何か
  15. 『源氏物語』の三箇(さんか)の大事(だいじ)とは何か
  16. 紫式部堕獄(だごく)説とは何か
  17. 『源氏物語』は古人にどう評価されたか。
  18. 紫式部はどういう生涯を送ったか
  19. 登場人物の名づけ親は誰か
  20. 源氏物語の文章の「すべらかし」調とは?
  21. 光源氏の「二条院」はどこにあったか
  22. 源氏物語に描かれた結婚形態とは
  23. 「紅葉賀(もみじのが)」とは何か
  24. 源氏物語に近親結婚が多いのはなぜか
  25. 結婚を拒否する女性
  26. 光源氏はどんな容貌・容姿であったか
  27. 源氏物語の遺跡にはどんなものがあるか
  28. 源氏物語の構成はどうなっているか
  29. 乳母(めのと)とは何か
  30. 源氏物語には何首の和歌があるか。
  31. 「総角」巻の巻名の由来は何か。
  32. 光源氏はなぜ須磨に籠居したのか。
  33. 「夢浮橋」の巻名の由来は何か
  34. 光源氏の経済的基盤はどこにあったか(1)
  35. 弘徽殿の大后のモデルは誰か
  36. 桐壺の更衣のモデルは誰か
  37. 紫式部観音化身説とは?
  38. 光源氏の経済的基盤はどこにあったか(2)
  39. 源氏物語』の登場人物は何人ぐらいいるか?
  40. 『源氏物語』に登場する敵役(かたきやく)
  41. 主な女君たちの命日
  42. 平安貴族の住居はどんなものであったか
  43. 宇治の八の宮は二人の姫君を残してなぜ出家を目指すことができたか
  44. 源氏物語が長い間読まれつづけているのはなぜか
  45. 『源氏物語』の最も古い注釈書とは
  46. 「かがやく日の宮」巻とは何か
  47. 「澪標」の巻名の由来は?
  48. 『源氏物語』に描かれた病気
  49. 紫式部の教養
  50. 古注の集大成―『河海抄』
  51. 世界文学史上の『源氏物語』
  52. 紫式部の学問観
  53. 光源氏薨後の夫人たちの生活は?
  54. 物怪(もののけ)とは何か
  55. 「宿木(やどりぎ)」とは?
  56. 女君たちの魅力は?
  57. 六条院とはどんな邸宅であったか
  58. 女三の宮と柏木との関係を知った光源氏はどう対処したか?
  59. 紫式部の住居はどこにあったか?
  60. 作り物語の『源氏物語』に実在の人物が登場するのはなぜか?
  61. 紫式部と藤原道長の関係について
  62. 源氏物語に及ぼした伊勢物語の影響
  63. 「鈴虫」の巻名の由来は?
  64. 「侍従」という女房の役割は何か
  65. 光源氏が一番美人だと認めていた女君は誰か
  66. 紫式部の墓はどこにあるか
  67. 「雲隠」の巻は原作にあったのか
  68. 男君たちの魅力は
  69. 源氏物語に見える音楽
  70. 年立ての矛盾
  71. 各巻のあらすじ(1)桐壺・帚木
  72. 女君を選ぶとしたら?
  73. 各巻のあらすじ(2)空蝉・夕顔
  74. 『源氏物語』の続編(1)―『山路の露』―
  75. 各巻のあらすじ(3)若紫・末摘花
  76. 『源氏物語奥入(おくいり)』とは
  77. 源氏香とは何か
  78. 平安時代の風呂はどんなものであったか
  79. 牛車(ぎっしゃ)とは何か
  80. 貴族の日常生活はどういうものであったか
  81. 源氏物語にはなぜ大災害が描かれていないのか
  82. 源氏物語にあらわれた宿世観
  83. 源氏物語に登場する僧侶
  84. 『源氏物語』の主役の条件

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