53 光源氏薨後の夫人たちの生活は?

『源氏物語の謎』増淵勝一 著 - 国研ウェブ文庫

光源氏は自分が須磨に退居する際には、親しい家司で、時勢になびかぬ人々だけを、二条院の留守役にしたといいます(須磨)。また自分の侍女をはじめ、万事を皆紫の上に引きつぎ、荘園や牧場をはじめ、しかるべき家屋(二条院など)や所領の権利証なども全て紫の上へ譲り、それ以外の御倉町(倉庫)や納殿(日用品等の保管庫)の管理は、家司と少納言の乳母に託したと記されています(同上)。

一時的に都を離れるときでさえ、源氏はこんなに紫の上の生活が心配ないように配慮しているのです。ましてや自分の亡きあとのことはいっそう慎重に考えたことでしょう。

幸か不幸か、紫の上は源氏に先立ち亡くなってしまいました。もし源氏が先立つことになった場合は、養女の明石中宮や中宮の子の匂宮の世話を受けたことでしょう。臨終の際、明石中宮が「(紫の上の)御手をとらへ奉りて、泣く泣く見奉り給ふに、まことに消えゆく露の心地して、限りに見え給」うたとあります(御法)。なお、ひそかに思慕する夕霧も紫の上の世話を熱心にしたことでしょう。

夫人ではありませんが、その明石中宮は、裳着のとき、着裳役を秋好中宮に依頼。源氏が「思し棄つまじきを頼みにて」お願いしたと言っています(梅枝)。また匂宮も母中宮に孝養を尽すことでしょう。

中宮の実母の明石の御方は、おおぜいの孫宮たちの「御後見をしつつ、あつかひ聞え給へり」という後半生で、夕霧は「いづかたの御ことをも、昔(光源氏)の御心おきて(ご遺志)のままに、改め変ることなく、あまねき親心(公平な親孝行)に仕うまつり給」うたということです(匂宮)。

花散里は夕霧の養母であるうえ、姉が桐壺帝の麗景殿の女御で、家柄もよかったはずです。源氏の臨終をみとったのも彼女だったでしょう。二条の東院を遺産相続しています(匂宮)。

なお、女三の宮は父朱雀帝から三条の宮を贈られ、孝行息子の薫の手厚い保護を受けました。源氏の夫人たちは皆しあわせな老後を送ったのです。

作成日:2014年6月20日

『源氏物語の謎』増淵勝一 著 目次

  1. 『源氏物語』はいつ書かれたか
  2. 『源氏物語』はどんな物語か
  3. 『源氏物語』の巻名はだれがつけたものか
  4. 『源氏物語』の時代設定はいつか
  5. 光源氏に愛された女性の中で、一番しあわせだったのはだれか
  6. 『源氏物語』の伝本にはどんなものがあるか
  7. 『源氏物語』の三大滑稽人物とはだれか?
  8. 『源氏物語』という書名ははじめから付けられていたものか?
  9. 『源氏物語』の「もののあはれ」とは何か?
  10. 紫式部の名の由来は?
  11. 光源氏はなぜ義母の藤壺を思慕したのか。
  12. 「桐壺」とは何か
  13. 「雨夜の品定め」とは何か
  14. 「帚木」とは何か
  15. 『源氏物語』の三箇(さんか)の大事(だいじ)とは何か
  16. 紫式部堕獄(だごく)説とは何か
  17. 『源氏物語』は古人にどう評価されたか。
  18. 紫式部はどういう生涯を送ったか
  19. 登場人物の名づけ親は誰か
  20. 源氏物語の文章の「すべらかし」調とは?
  21. 光源氏の「二条院」はどこにあったか
  22. 源氏物語に描かれた結婚形態とは
  23. 「紅葉賀(もみじのが)」とは何か
  24. 源氏物語に近親結婚が多いのはなぜか
  25. 結婚を拒否する女性
  26. 光源氏はどんな容貌・容姿であったか
  27. 源氏物語の遺跡にはどんなものがあるか
  28. 源氏物語の構成はどうなっているか
  29. 乳母(めのと)とは何か
  30. 源氏物語には何首の和歌があるか。
  31. 「総角」巻の巻名の由来は何か。
  32. 光源氏はなぜ須磨に籠居したのか。
  33. 「夢浮橋」の巻名の由来は何か
  34. 光源氏の経済的基盤はどこにあったか(1)
  35. 弘徽殿の大后のモデルは誰か
  36. 桐壺の更衣のモデルは誰か
  37. 紫式部観音化身説とは?
  38. 光源氏の経済的基盤はどこにあったか(2)
  39. 源氏物語』の登場人物は何人ぐらいいるか?
  40. 『源氏物語』に登場する敵役(かたきやく)
  41. 主な女君たちの命日
  42. 平安貴族の住居はどんなものであったか
  43. 宇治の八の宮は二人の姫君を残してなぜ出家を目指すことができたか
  44. 源氏物語が長い間読まれつづけているのはなぜか
  45. 『源氏物語』の最も古い注釈書とは
  46. 「かがやく日の宮」巻とは何か
  47. 「澪標」の巻名の由来は?
  48. 『源氏物語』に描かれた病気
  49. 紫式部の教養
  50. 古注の集大成―『河海抄』
  51. 世界文学史上の『源氏物語』
  52. 紫式部の学問観
  53. 光源氏薨後の夫人たちの生活は?
  54. 物怪(もののけ)とは何か
  55. 「宿木(やどりぎ)」とは?
  56. 女君たちの魅力は?
  57. 六条院とはどんな邸宅であったか
  58. 女三の宮と柏木との関係を知った光源氏はどう対処したか?
  59. 紫式部の住居はどこにあったか?
  60. 作り物語の『源氏物語』に実在の人物が登場するのはなぜか?
  61. 紫式部と藤原道長の関係について
  62. 源氏物語に及ぼした伊勢物語の影響
  63. 「鈴虫」の巻名の由来は?
  64. 「侍従」という女房の役割は何か
  65. 光源氏が一番美人だと認めていた女君は誰か
  66. 紫式部の墓はどこにあるか
  67. 「雲隠」の巻は原作にあったのか
  68. 男君たちの魅力は
  69. 源氏物語に見える音楽
  70. 年立ての矛盾
  71. 各巻のあらすじ(1)桐壺・帚木
  72. 女君を選ぶとしたら?
  73. 各巻のあらすじ(2)空蝉・夕顔
  74. 『源氏物語』の続編(1)―『山路の露』―
  75. 各巻のあらすじ(3)若紫・末摘花
  76. 『源氏物語奥入(おくいり)』とは
  77. 源氏香とは何か
  78. 平安時代の風呂はどんなものであったか
  79. 牛車(ぎっしゃ)とは何か
  80. 貴族の日常生活はどういうものであったか
  81. 源氏物語にはなぜ大災害が描かれていないのか
  82. 源氏物語にあらわれた宿世観
  83. 源氏物語に登場する僧侶
  84. 『源氏物語』の主役の条件

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