40 『源氏物語』に登場する敵役(かたきやく)
『源氏物語の謎』増淵勝一 著 - 国研ウェブ文庫
物語や小説にはしばしば敵役、つまり憎まれ役が登場します。『源氏物語』では、なんといっても弘徽殿の大后にまさる敵役はおりません。彼女は右大臣の娘で、桐壺帝の東宮時代からの女御で、朱雀院・一品宮・斎院を出生。あとから参内した故大納言の娘の桐壺の更衣に君寵のあついのを嫉妬し、その関係で幼少時代から源氏を憎みつづけました(桐壺)。
殊に妹の朧月夜との密会発覚の際は、源氏を非難、官職剥奪を朱雀院に進言し、実現(賢木・須磨)。源氏は須磨・明石に流浪。その帰洛に猛反対しました。源氏の帰京後、朱雀院退位の際には大きなシヨックを受け、やがて病気で衰弱。源氏の流浪中には冷泉院を東宮からしりぞけ源氏の弟の宇治八の宮の擁立を図って失敗しています(橋姫)。
源氏は晩年の大后を見舞い、厚遇しますが、后は源氏が天下を掌握する運命だったと悟る一方、加齢に及んでやかましさもひどくなります(少女)。源氏三十九歳の九月に死去(若菜上)。大后は源氏を政敵として暗躍するために、始終憎まれ役として描かれています。
この大后の悪どさには及びもつきませんが、紫の上の継母にあたる式部卿の宮の大北の方も、嫉妬と呪詛(じゅそ)に終始した女性です。紫の上の母もそのために早く亡くなりました(若紫)。源氏の須磨流謫の折には、紫の上の不運を口にし(須磨)、髭黒大将と玉鬘の結婚の件でも、源氏の仕打ちだと呪いました(真木柱)。孫娘の真木柱の婿に迎えた蛍兵部卿の宮に対しては、その不熱心を恨みました(若菜下)。弘徽殿の大后が源氏の敵役とすれば、こちらは主として紫の上の敵役ということができます。
なお、末摘花の叔母なども、受領の妻になったのを非難された、その仕返しに、落ちぶれた末摘花を皮肉り、九州へ連れて行って、娘たちの教育係にしようと、執拗に迫ります(蓬生)。この叔母も、零落しても気高さを失わぬ末摘花に嫉妬する敵役に仕立てられているのです。
『源氏物語の謎』増淵勝一 著 目次
- 『源氏物語』はいつ書かれたか
- 『源氏物語』はどんな物語か
- 『源氏物語』の巻名はだれがつけたものか
- 『源氏物語』の時代設定はいつか
- 光源氏に愛された女性の中で、一番しあわせだったのはだれか
- 『源氏物語』の伝本にはどんなものがあるか
- 『源氏物語』の三大滑稽人物とはだれか?
- 『源氏物語』という書名ははじめから付けられていたものか?
- 『源氏物語』の「もののあはれ」とは何か?
- 紫式部の名の由来は?
- 光源氏はなぜ義母の藤壺を思慕したのか。
- 「桐壺」とは何か
- 「雨夜の品定め」とは何か
- 「帚木」とは何か
- 『源氏物語』の三箇(さんか)の大事(だいじ)とは何か
- 紫式部堕獄(だごく)説とは何か
- 『源氏物語』は古人にどう評価されたか。
- 紫式部はどういう生涯を送ったか
- 登場人物の名づけ親は誰か
- 源氏物語の文章の「すべらかし」調とは?
- 光源氏の「二条院」はどこにあったか
- 源氏物語に描かれた結婚形態とは
- 「紅葉賀(もみじのが)」とは何か
- 源氏物語に近親結婚が多いのはなぜか
- 結婚を拒否する女性
- 光源氏はどんな容貌・容姿であったか
- 源氏物語の遺跡にはどんなものがあるか
- 源氏物語の構成はどうなっているか
- 乳母(めのと)とは何か
- 源氏物語には何首の和歌があるか。
- 「総角」巻の巻名の由来は何か。
- 光源氏はなぜ須磨に籠居したのか。
- 「夢浮橋」の巻名の由来は何か
- 光源氏の経済的基盤はどこにあったか(1)
- 弘徽殿の大后のモデルは誰か
- 桐壺の更衣のモデルは誰か
- 紫式部観音化身説とは?
- 光源氏の経済的基盤はどこにあったか(2)
- 源氏物語』の登場人物は何人ぐらいいるか?
- 『源氏物語』に登場する敵役(かたきやく)
- 主な女君たちの命日
- 平安貴族の住居はどんなものであったか
- 宇治の八の宮は二人の姫君を残してなぜ出家を目指すことができたか
- 源氏物語が長い間読まれつづけているのはなぜか
- 『源氏物語』の最も古い注釈書とは
- 「かがやく日の宮」巻とは何か
- 「澪標」の巻名の由来は?
- 『源氏物語』に描かれた病気
- 紫式部の教養
- 古注の集大成―『河海抄』
- 世界文学史上の『源氏物語』
- 紫式部の学問観
- 光源氏薨後の夫人たちの生活は?
- 物怪(もののけ)とは何か
- 「宿木(やどりぎ)」とは?
- 女君たちの魅力は?
- 六条院とはどんな邸宅であったか
- 女三の宮と柏木との関係を知った光源氏はどう対処したか?
- 紫式部の住居はどこにあったか?
- 作り物語の『源氏物語』に実在の人物が登場するのはなぜか?
- 紫式部と藤原道長の関係について
- 源氏物語に及ぼした伊勢物語の影響
- 「鈴虫」の巻名の由来は?
- 「侍従」という女房の役割は何か
- 光源氏が一番美人だと認めていた女君は誰か
- 紫式部の墓はどこにあるか
- 「雲隠」の巻は原作にあったのか
- 男君たちの魅力は
- 源氏物語に見える音楽
- 年立ての矛盾
- 各巻のあらすじ(1)桐壺・帚木
- 女君を選ぶとしたら?
- 各巻のあらすじ(2)空蝉・夕顔
- 『源氏物語』の続編(1)―『山路の露』―
- 各巻のあらすじ(3)若紫・末摘花
- 『源氏物語奥入(おくいり)』とは
- 源氏香とは何か
- 平安時代の風呂はどんなものであったか
- 牛車(ぎっしゃ)とは何か
- 貴族の日常生活はどういうものであったか
- 源氏物語にはなぜ大災害が描かれていないのか
- 源氏物語にあらわれた宿世観
- 源氏物語に登場する僧侶
- 『源氏物語』の主役の条件
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