33 「夢浮橋」の巻名の由来は何か

『源氏物語の謎』増淵勝一 著 - 国研ウェブ文庫

『源氏物語』五十四帖の最終巻は「夢浮橋(ゆめのうきはし)」です。第一帖の「桐壺」の巻から第五十三帖の「手習」巻までは、巻中の語句や、和歌の意味・用語などから巻名がつけられています。ところが「夢浮橋」の語は巻中には出て来ず、何に由来しているのかが判然としません。

ただし「夢浮橋」巻には、「夢」の語が五個所出て来ます。「浮橋」の本来の意味は、水上にイカダとか多くの舟を浮かべて、その上に板を渡した橋をいいます。本格的で堅固な橋に較べると、安定せず、危なっかしく感じられます。それははかない意の「夢」とほぼ同じ意味になります。そこで「浮橋」には取り立てての意味はなく、「夢」に添えたことばであるとも考えられます。

正編の最終巻四十一帖の「幻」巻は、「桐壺」巻の幻(故更衣の魂を探す幻術士)に呼応して、紫の上の魂のありかを訪ねて行く幻術士を意味します。同時にそれが「夢・幻」の「幻」の意をも表します。その「幻」に呼応するのが「夢」なのですから、「夢浮橋」=「夢」と解釈しても問題はないでしょう。

「薄雲」巻で源氏が大堰の明石の御方を訪ねて、別れ際に、「夢のわたりの浮橋か」としきりに嘆く姿が描かれています。藤原定家はここの個所には、「世の中は夢の渡りの浮橋かうち渡りつつ物をこそ思へ」(出典未詳)の一首が引用されていると指摘しています(『奥入』)。

大意は、男女の仲は、夢の渡し場にかかっている浮橋のように、はかなく頼りないものなのか。あの人の許を訪ねては、物思いをするばかりだ、というのです。大君に先立たれ、中君は匂宮に嫁ぎ、浮舟からは見捨てられた薫の心境は、この引歌の内容と重なります。この歌を作者は念頭に置いて、はかなく、頼りない男女の仲を「夢浮橋」の語で伝えているものと思われます。

作成日:2013年8月23日

『源氏物語の謎』増淵勝一 著 目次

  1. 『源氏物語』はいつ書かれたか
  2. 『源氏物語』はどんな物語か
  3. 『源氏物語』の巻名はだれがつけたものか
  4. 『源氏物語』の時代設定はいつか
  5. 光源氏に愛された女性の中で、一番しあわせだったのはだれか
  6. 『源氏物語』の伝本にはどんなものがあるか
  7. 『源氏物語』の三大滑稽人物とはだれか?
  8. 『源氏物語』という書名ははじめから付けられていたものか?
  9. 『源氏物語』の「もののあはれ」とは何か?
  10. 紫式部の名の由来は?
  11. 光源氏はなぜ義母の藤壺を思慕したのか。
  12. 「桐壺」とは何か
  13. 「雨夜の品定め」とは何か
  14. 「帚木」とは何か
  15. 『源氏物語』の三箇(さんか)の大事(だいじ)とは何か
  16. 紫式部堕獄(だごく)説とは何か
  17. 『源氏物語』は古人にどう評価されたか。
  18. 紫式部はどういう生涯を送ったか
  19. 登場人物の名づけ親は誰か
  20. 源氏物語の文章の「すべらかし」調とは?
  21. 光源氏の「二条院」はどこにあったか
  22. 源氏物語に描かれた結婚形態とは
  23. 「紅葉賀(もみじのが)」とは何か
  24. 源氏物語に近親結婚が多いのはなぜか
  25. 結婚を拒否する女性
  26. 光源氏はどんな容貌・容姿であったか
  27. 源氏物語の遺跡にはどんなものがあるか
  28. 源氏物語の構成はどうなっているか
  29. 乳母(めのと)とは何か
  30. 源氏物語には何首の和歌があるか。
  31. 「総角」巻の巻名の由来は何か。
  32. 光源氏はなぜ須磨に籠居したのか。
  33. 「夢浮橋」の巻名の由来は何か
  34. 光源氏の経済的基盤はどこにあったか(1)
  35. 弘徽殿の大后のモデルは誰か
  36. 桐壺の更衣のモデルは誰か
  37. 紫式部観音化身説とは?
  38. 光源氏の経済的基盤はどこにあったか(2)
  39. 源氏物語』の登場人物は何人ぐらいいるか?
  40. 『源氏物語』に登場する敵役(かたきやく)
  41. 主な女君たちの命日
  42. 平安貴族の住居はどんなものであったか
  43. 宇治の八の宮は二人の姫君を残してなぜ出家を目指すことができたか
  44. 源氏物語が長い間読まれつづけているのはなぜか
  45. 『源氏物語』の最も古い注釈書とは
  46. 「かがやく日の宮」巻とは何か
  47. 「澪標」の巻名の由来は?
  48. 『源氏物語』に描かれた病気
  49. 紫式部の教養
  50. 古注の集大成―『河海抄』
  51. 世界文学史上の『源氏物語』
  52. 紫式部の学問観
  53. 光源氏薨後の夫人たちの生活は?
  54. 物怪(もののけ)とは何か
  55. 「宿木(やどりぎ)」とは?
  56. 女君たちの魅力は?
  57. 六条院とはどんな邸宅であったか
  58. 女三の宮と柏木との関係を知った光源氏はどう対処したか?
  59. 紫式部の住居はどこにあったか?
  60. 作り物語の『源氏物語』に実在の人物が登場するのはなぜか?
  61. 紫式部と藤原道長の関係について
  62. 源氏物語に及ぼした伊勢物語の影響
  63. 「鈴虫」の巻名の由来は?
  64. 「侍従」という女房の役割は何か
  65. 光源氏が一番美人だと認めていた女君は誰か
  66. 紫式部の墓はどこにあるか
  67. 「雲隠」の巻は原作にあったのか
  68. 男君たちの魅力は
  69. 源氏物語に見える音楽
  70. 年立ての矛盾
  71. 各巻のあらすじ(1)桐壺・帚木
  72. 女君を選ぶとしたら?
  73. 各巻のあらすじ(2)空蝉・夕顔
  74. 『源氏物語』の続編(1)―『山路の露』―
  75. 各巻のあらすじ(3)若紫・末摘花
  76. 『源氏物語奥入(おくいり)』とは
  77. 源氏香とは何か
  78. 平安時代の風呂はどんなものであったか
  79. 牛車(ぎっしゃ)とは何か
  80. 貴族の日常生活はどういうものであったか
  81. 源氏物語にはなぜ大災害が描かれていないのか
  82. 源氏物語にあらわれた宿世観
  83. 源氏物語に登場する僧侶
  84. 『源氏物語』の主役の条件

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