83 源氏物語に登場する僧侶

『源氏物語の謎』増淵勝一 著 - 国研ウェブ文庫

主要な僧籍の人物をあげてみましょう。

(1)阿闍梨(夕顔) 惟光の兄。源氏が大弐の乳母(惟光母)を見舞った折初対面。その後叡山へ帰る。夕顔の四十九日の供養を比叡法華堂で行なう。

(2)北山の僧都(若紫・紅葉賀・須磨・若菜下) 紫の上の祖母(北山の尼君)の兄。北山に三年籠り中。源氏が北山の聖の所に来ているとき対面。紫の上の素姓を語る。のちに紫の上が源氏に引き取られたことを喜び、尼君の法事を行なう。源氏須磨退居の折には、源氏・紫の上のために祈祷。紫の上重厄の年にはすでに故人となっていた。

(3)北山の聖(若紫) 北山の岩屋に住み、訪れた源氏のわらわ病みの加持祈祷を行なった。

(4)雲林院の律師(賢木) 桐壺の更衣の兄。源氏がその坊に参籠した。

(5)醍醐の阿闍梨(蓬生・初音) 末摘花の兄弟の禅師。京に出たとき末摘花邸を訪うが、彼女の生活の世話など思いもかけない。彼女の唯一の豪華な防寒着の黒貂(ふるき)の皮衣までもらい去る。

(6)明石の入道(若紫・須磨・明石・澪標・松風・薄雲・少女・若菜上、下) 明石の御方の父。大臣の子で、源氏の母桐壺の更衣とは従兄妹。その娘の出生前に瑞夢を見て、その将来に望みをかけ、近衛中将を捨てて、経済的な地盤を得るため播磨守となった。だが現地の人々にも少し侮られて、面目を失い、そのまま土着。源氏の須磨退居を、住吉の神の導きと喜び、霊夢によって、源氏を明石に迎えた。娘の婿に源氏を迎え、姫君が誕生。やがて母娘と入道室の母尼は上京。その後姫君が入内し、皇子誕生の知らせを受けて、深山に入って消息を絶った。

(7)夜居の僧都(薄雲) 藤壺中宮の母后(先帝后)のときからの祈祷僧。藤壺中宮の薨去後、冷泉帝に実父が源氏であることを告げた。

(8)小野の律師(夕霧) 一条御息所の祈祷僧。夕霧が落葉の宮の許に泊まったのを目撃して、御息所に忠告した。

(9)宇治の阿闍梨(橋姫・椎本・総角・早蕨・宿木・蜻蛉・手習) 宇治の山寺に籠居、八の宮の仏道精進やその姫君(大い君・中の君)のことを、冷泉院へ参上して語った。これを聞いた薫は以後宇治の八の宮邸へ通うことになる。八の宮が阿闍梨の寺で参籠中病にかかるも下山をいましめ、八の宮はそのまま逝去。大い君・中の君が父宮の遺骸に会いたいと願うのも許さなかった。大い君の重態の折には修法を施す。八の宮邸の寝殿を寺に改修して寄進をうける。浮舟の四十九日や一周忌の法要も依頼された。

(10)横川の僧都①(賢木) 藤壺の中宮の伯父。藤壺出家のとき、その髪を削る。

(11)横川の僧都②(手習・夢浮橋) 比叡山横川の六十余歳の高僧。実在の名僧(源信僧都)の面影がみとめられる。母の小野の大尼君が妹尼君と初瀬詣での帰りに宇治で病気になったので、下山、宇治院で母の介護をしている折に、失神していた浮舟を助け、尼君たちとともに小野に住まわせた。快方に向かわぬ浮舟のたのめに、弟子たちの反対を押し切って下山。加持祈祷によって浮舟の物の怪も退散。秋、女一の宮の物の怪祈祷のための下山の途中、小野に立ち寄り、浮舟の懇願により授戒。僧都が明石中宮に浮舟のことを語ったのを、薫が伝え聞いて、彼女の身の上を説明。尼にしたことを後悔。その後薫が小野への案内を乞うため、叡山に僧都を訪ねた。

以上を通じて言えることは、いうまでもなく臨終や病気・物の怪退散のときの僧侶の活躍はいうまでもありません。その他、秘密や人の素姓などを明らかにする役回りがあり、また明石の入道のような頑固でユーモラスで、それでいて信仰心のあつい僧侶や、おおらかで人間味のあふれる横川の僧都らがいる一方、小野の律師や宇治の阿闍梨のような、厳しい言動の目立つ僧侶も登場しています。

紫式部には定暹(じょうしん)という異腹で、三井寺の阿闍梨になった兄がおります。父の為時は式部の亡くなったあと、越後守を任期途中でやめて、長和五年(1016)に三井寺で出家しています(『小右記』)。おそらく定暹の手引きがあったものと思いますが、末摘花の兄の醍醐の阿闍梨などに、その面影が反映しているかも知れません。なお、登場の僧侶たちの大半は叡山系の僧侶で、末摘花の兄だけが高野山系(真言宗)の僧侶です。

いずれにしても、これらの僧侶の登場が、『源氏物語』の内容を濃密に、かつ面白くしていることは確かなのです。

作成日:2015年11月09日

『源氏物語の謎』増淵勝一 著 目次

  1. 『源氏物語』はいつ書かれたか
  2. 『源氏物語』はどんな物語か
  3. 『源氏物語』の巻名はだれがつけたものか
  4. 『源氏物語』の時代設定はいつか
  5. 光源氏に愛された女性の中で、一番しあわせだったのはだれか
  6. 『源氏物語』の伝本にはどんなものがあるか
  7. 『源氏物語』の三大滑稽人物とはだれか?
  8. 『源氏物語』という書名ははじめから付けられていたものか?
  9. 『源氏物語』の「もののあはれ」とは何か?
  10. 紫式部の名の由来は?
  11. 光源氏はなぜ義母の藤壺を思慕したのか。
  12. 「桐壺」とは何か
  13. 「雨夜の品定め」とは何か
  14. 「帚木」とは何か
  15. 『源氏物語』の三箇(さんか)の大事(だいじ)とは何か
  16. 紫式部堕獄(だごく)説とは何か
  17. 『源氏物語』は古人にどう評価されたか。
  18. 紫式部はどういう生涯を送ったか
  19. 登場人物の名づけ親は誰か
  20. 源氏物語の文章の「すべらかし」調とは?
  21. 光源氏の「二条院」はどこにあったか
  22. 源氏物語に描かれた結婚形態とは
  23. 「紅葉賀(もみじのが)」とは何か
  24. 源氏物語に近親結婚が多いのはなぜか
  25. 結婚を拒否する女性
  26. 光源氏はどんな容貌・容姿であったか
  27. 源氏物語の遺跡にはどんなものがあるか
  28. 源氏物語の構成はどうなっているか
  29. 乳母(めのと)とは何か
  30. 源氏物語には何首の和歌があるか。
  31. 「総角」巻の巻名の由来は何か。
  32. 光源氏はなぜ須磨に籠居したのか。
  33. 「夢浮橋」の巻名の由来は何か
  34. 光源氏の経済的基盤はどこにあったか(1)
  35. 弘徽殿の大后のモデルは誰か
  36. 桐壺の更衣のモデルは誰か
  37. 紫式部観音化身説とは?
  38. 光源氏の経済的基盤はどこにあったか(2)
  39. 源氏物語』の登場人物は何人ぐらいいるか?
  40. 『源氏物語』に登場する敵役(かたきやく)
  41. 主な女君たちの命日
  42. 平安貴族の住居はどんなものであったか
  43. 宇治の八の宮は二人の姫君を残してなぜ出家を目指すことができたか
  44. 源氏物語が長い間読まれつづけているのはなぜか
  45. 『源氏物語』の最も古い注釈書とは
  46. 「かがやく日の宮」巻とは何か
  47. 「澪標」の巻名の由来は?
  48. 『源氏物語』に描かれた病気
  49. 紫式部の教養
  50. 古注の集大成―『河海抄』
  51. 世界文学史上の『源氏物語』
  52. 紫式部の学問観
  53. 光源氏薨後の夫人たちの生活は?
  54. 物怪(もののけ)とは何か
  55. 「宿木(やどりぎ)」とは?
  56. 女君たちの魅力は?
  57. 六条院とはどんな邸宅であったか
  58. 女三の宮と柏木との関係を知った光源氏はどう対処したか?
  59. 紫式部の住居はどこにあったか?
  60. 作り物語の『源氏物語』に実在の人物が登場するのはなぜか?
  61. 紫式部と藤原道長の関係について
  62. 源氏物語に及ぼした伊勢物語の影響
  63. 「鈴虫」の巻名の由来は?
  64. 「侍従」という女房の役割は何か
  65. 光源氏が一番美人だと認めていた女君は誰か
  66. 紫式部の墓はどこにあるか
  67. 「雲隠」の巻は原作にあったのか
  68. 男君たちの魅力は
  69. 源氏物語に見える音楽
  70. 年立ての矛盾
  71. 各巻のあらすじ(1)桐壺・帚木
  72. 女君を選ぶとしたら?
  73. 各巻のあらすじ(2)空蝉・夕顔
  74. 『源氏物語』の続編(1)―『山路の露』―
  75. 各巻のあらすじ(3)若紫・末摘花
  76. 『源氏物語奥入(おくいり)』とは
  77. 源氏香とは何か
  78. 平安時代の風呂はどんなものであったか
  79. 牛車(ぎっしゃ)とは何か
  80. 貴族の日常生活はどういうものであったか
  81. 源氏物語にはなぜ大災害が描かれていないのか
  82. 源氏物語にあらわれた宿世観
  83. 源氏物語に登場する僧侶
  84. 『源氏物語』の主役の条件

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