80 貴族の日常生活はどういうものであったか

『源氏物語の謎』増淵勝一 著 - 国研ウェブ文庫

王朝貴族の日常生活の軌範を示した書物に、藤原道長の祖父の右大臣師輔(908~60年)がその晩年(947年以降)に執筆した『九条殿遺誡(ゆいかい)』があります。日々の生活習慣や、作法・規範等が綴られており、摂関家はもとより、これにつづく貴族の家々でも、生活の模範としてこの『遺誡』が尊重されていたようです。のちの兼好法師も「衣冠より馬・車にいたるまで、あるにしたがひて用ゐよ。美麗をもとむる事なかれ」の一文を、『徒然草』第二段に引いています。

日常の生活についての『遺誡』の記すところを以下にまとめてみます。

(1)起床したら自分の生年に当る星(たとえば卯・酉年生まれなら「文曲〈ぶんきょく〉」。その一生を支配するとされました)の名を七回小声で称すること。

(2)鏡を取って顔を見、暦(こよみ)を見て日の吉凶を知ること。

(3)楊枝を取って西に向かい手を洗うこと(つまり歯みがきと洗顔ですね)。

(4)仏名を誦(じゅ)して、氏神を祈念すること。

(5)昨日のことを記せ(日記をつけること)。

(6)粥(しるがゆ)を服す。

(7)頭(かしら)を梳(けず)り(三日に一度)、手足のつめを切ること(丑の日に手のつめ、寅の日に足のつめを切る)。

(8)五日に一回沐浴(ゆするあみ)(湯や水で身体を洗うこと)を行なう。

(9)出仕予定の時は、衣冠を着て、怠らぬこと。

a 人と会って、多言せぬこと。

b 人の行なうことを批評しない。他人のことを言わない。口は災いのもとである。

c 公事(くじ)について文書を心を傾けて見ること。

(10)朝(巳=10時)・暮(申=4時)の食事は多食多飲をしないこと。時刻どおりに食事はとること。

この他、生活全般の注意も書いてあります。兼好法師の引いた倹約の勧めのほか、君には忠貞の心を尽し、親には孝敬の誠を尽すこと。兄をうやまい、弟を愛せ。頼るところのない姉妹はていねいに援助するように。病気でない限り毎日親に面会せよ、等々。

さらに高声悪狂の人とは付き合ってはならないとか、他人の物を借りるなとか、大雨・雷鳴・地震・水火の時は、すぐに親を見舞うこと等々、何やら『源氏物語』の光源氏や夕霧の行動等に重なるものが少なくありません。おそらく貴族の人々の模範とされて来た『遺誡』であり、彼らの日常生活の一面を如実に伝えているものと考えられます。

作成日:2015年9月23日

『源氏物語の謎』増淵勝一 著 目次

  1. 『源氏物語』はいつ書かれたか
  2. 『源氏物語』はどんな物語か
  3. 『源氏物語』の巻名はだれがつけたものか
  4. 『源氏物語』の時代設定はいつか
  5. 光源氏に愛された女性の中で、一番しあわせだったのはだれか
  6. 『源氏物語』の伝本にはどんなものがあるか
  7. 『源氏物語』の三大滑稽人物とはだれか?
  8. 『源氏物語』という書名ははじめから付けられていたものか?
  9. 『源氏物語』の「もののあはれ」とは何か?
  10. 紫式部の名の由来は?
  11. 光源氏はなぜ義母の藤壺を思慕したのか。
  12. 「桐壺」とは何か
  13. 「雨夜の品定め」とは何か
  14. 「帚木」とは何か
  15. 『源氏物語』の三箇(さんか)の大事(だいじ)とは何か
  16. 紫式部堕獄(だごく)説とは何か
  17. 『源氏物語』は古人にどう評価されたか。
  18. 紫式部はどういう生涯を送ったか
  19. 登場人物の名づけ親は誰か
  20. 源氏物語の文章の「すべらかし」調とは?
  21. 光源氏の「二条院」はどこにあったか
  22. 源氏物語に描かれた結婚形態とは
  23. 「紅葉賀(もみじのが)」とは何か
  24. 源氏物語に近親結婚が多いのはなぜか
  25. 結婚を拒否する女性
  26. 光源氏はどんな容貌・容姿であったか
  27. 源氏物語の遺跡にはどんなものがあるか
  28. 源氏物語の構成はどうなっているか
  29. 乳母(めのと)とは何か
  30. 源氏物語には何首の和歌があるか。
  31. 「総角」巻の巻名の由来は何か。
  32. 光源氏はなぜ須磨に籠居したのか。
  33. 「夢浮橋」の巻名の由来は何か
  34. 光源氏の経済的基盤はどこにあったか(1)
  35. 弘徽殿の大后のモデルは誰か
  36. 桐壺の更衣のモデルは誰か
  37. 紫式部観音化身説とは?
  38. 光源氏の経済的基盤はどこにあったか(2)
  39. 源氏物語』の登場人物は何人ぐらいいるか?
  40. 『源氏物語』に登場する敵役(かたきやく)
  41. 主な女君たちの命日
  42. 平安貴族の住居はどんなものであったか
  43. 宇治の八の宮は二人の姫君を残してなぜ出家を目指すことができたか
  44. 源氏物語が長い間読まれつづけているのはなぜか
  45. 『源氏物語』の最も古い注釈書とは
  46. 「かがやく日の宮」巻とは何か
  47. 「澪標」の巻名の由来は?
  48. 『源氏物語』に描かれた病気
  49. 紫式部の教養
  50. 古注の集大成―『河海抄』
  51. 世界文学史上の『源氏物語』
  52. 紫式部の学問観
  53. 光源氏薨後の夫人たちの生活は?
  54. 物怪(もののけ)とは何か
  55. 「宿木(やどりぎ)」とは?
  56. 女君たちの魅力は?
  57. 六条院とはどんな邸宅であったか
  58. 女三の宮と柏木との関係を知った光源氏はどう対処したか?
  59. 紫式部の住居はどこにあったか?
  60. 作り物語の『源氏物語』に実在の人物が登場するのはなぜか?
  61. 紫式部と藤原道長の関係について
  62. 源氏物語に及ぼした伊勢物語の影響
  63. 「鈴虫」の巻名の由来は?
  64. 「侍従」という女房の役割は何か
  65. 光源氏が一番美人だと認めていた女君は誰か
  66. 紫式部の墓はどこにあるか
  67. 「雲隠」の巻は原作にあったのか
  68. 男君たちの魅力は
  69. 源氏物語に見える音楽
  70. 年立ての矛盾
  71. 各巻のあらすじ(1)桐壺・帚木
  72. 女君を選ぶとしたら?
  73. 各巻のあらすじ(2)空蝉・夕顔
  74. 『源氏物語』の続編(1)―『山路の露』―
  75. 各巻のあらすじ(3)若紫・末摘花
  76. 『源氏物語奥入(おくいり)』とは
  77. 源氏香とは何か
  78. 平安時代の風呂はどんなものであったか
  79. 牛車(ぎっしゃ)とは何か
  80. 貴族の日常生活はどういうものであったか
  81. 源氏物語にはなぜ大災害が描かれていないのか
  82. 源氏物語にあらわれた宿世観
  83. 源氏物語に登場する僧侶
  84. 『源氏物語』の主役の条件

ご意見・ご感想をお寄せください

ご意見・ご感想フォームよりお気軽にお送りください。