43 宇治の八の宮は二人の姫君を残してなぜ出家を目指すことができたか

『源氏物語の謎』増淵勝一 著 - 国研ウェブ文庫

結論から述べれば、八の宮が仏事に専念できたのは、大君・中君の世話を薫に依頼することができたからです。それまでは、八の宮は出家を望みながらも、姫君たちに引かれて、これを果さず、いわゆる俗聖(ぞくひじり)[優婆塞(うばそく)=在俗のまま仏門に入って修行する男子]として暮らして来たのです。

八の宮は光源氏の異母弟(御母は大臣家の女御)ですが、早く両親に死別したために、しっかりした後見もなく、学問や処世の心得もおぼつかない中で、音楽にはすぐれていました。

冷泉院が東宮のころ、弘徽殿大后の画策でこの八の宮を東宮に立てようとしましたが、光源氏が明石から帰京後は沈倫。京都の邸まで火事で焼け、宇治の山荘に移り住みました。

頼りに出来たのは、北の方(父は大臣)だけでしたが、その北の方が中君出産の際、「ただこの君を形見に見給ひて、あはれと思せ」と遺言して先立ったので――このことのあったのは「柏木」の巻<源氏四十八歳>の時代に当ります――、そこで出家の本意を強く抱いたのですが、残された姫君たちのことを思うと、これを遂げることはできなかったのです。

その後、宇治の阿闍梨(あじゃり)の引き合わせで、来世に深く心をかけている薫が八の宮の許に訪れるようになりました。それに伴い、冷泉院からの御使いも立ち、さびしい山里にも人が出入りするようになりました(以上「橋姫」巻)。

三年ほどして、八の宮は薫の誠実な性格に引かれ、後生のさわりになる姫君たちの後見を薫に頼みました。薫二十三歳の秋半ば、八の宮は山寺に参籠、その念仏結願の日から病んで、八月二十日ごろの夜、亡くなったのです(「椎本」巻)。

八の宮は姫君たちを見捨てたわけではありません。出家はとげずに、俗聖として生涯を全うしました。

作成日:2014年1月17日

『源氏物語の謎』増淵勝一 著 目次

  1. 『源氏物語』はいつ書かれたか
  2. 『源氏物語』はどんな物語か
  3. 『源氏物語』の巻名はだれがつけたものか
  4. 『源氏物語』の時代設定はいつか
  5. 光源氏に愛された女性の中で、一番しあわせだったのはだれか
  6. 『源氏物語』の伝本にはどんなものがあるか
  7. 『源氏物語』の三大滑稽人物とはだれか?
  8. 『源氏物語』という書名ははじめから付けられていたものか?
  9. 『源氏物語』の「もののあはれ」とは何か?
  10. 紫式部の名の由来は?
  11. 光源氏はなぜ義母の藤壺を思慕したのか。
  12. 「桐壺」とは何か
  13. 「雨夜の品定め」とは何か
  14. 「帚木」とは何か
  15. 『源氏物語』の三箇(さんか)の大事(だいじ)とは何か
  16. 紫式部堕獄(だごく)説とは何か
  17. 『源氏物語』は古人にどう評価されたか。
  18. 紫式部はどういう生涯を送ったか
  19. 登場人物の名づけ親は誰か
  20. 源氏物語の文章の「すべらかし」調とは?
  21. 光源氏の「二条院」はどこにあったか
  22. 源氏物語に描かれた結婚形態とは
  23. 「紅葉賀(もみじのが)」とは何か
  24. 源氏物語に近親結婚が多いのはなぜか
  25. 結婚を拒否する女性
  26. 光源氏はどんな容貌・容姿であったか
  27. 源氏物語の遺跡にはどんなものがあるか
  28. 源氏物語の構成はどうなっているか
  29. 乳母(めのと)とは何か
  30. 源氏物語には何首の和歌があるか。
  31. 「総角」巻の巻名の由来は何か。
  32. 光源氏はなぜ須磨に籠居したのか。
  33. 「夢浮橋」の巻名の由来は何か
  34. 光源氏の経済的基盤はどこにあったか(1)
  35. 弘徽殿の大后のモデルは誰か
  36. 桐壺の更衣のモデルは誰か
  37. 紫式部観音化身説とは?
  38. 光源氏の経済的基盤はどこにあったか(2)
  39. 源氏物語』の登場人物は何人ぐらいいるか?
  40. 『源氏物語』に登場する敵役(かたきやく)
  41. 主な女君たちの命日
  42. 平安貴族の住居はどんなものであったか
  43. 宇治の八の宮は二人の姫君を残してなぜ出家を目指すことができたか
  44. 源氏物語が長い間読まれつづけているのはなぜか
  45. 『源氏物語』の最も古い注釈書とは
  46. 「かがやく日の宮」巻とは何か
  47. 「澪標」の巻名の由来は?
  48. 『源氏物語』に描かれた病気
  49. 紫式部の教養
  50. 古注の集大成―『河海抄』
  51. 世界文学史上の『源氏物語』
  52. 紫式部の学問観
  53. 光源氏薨後の夫人たちの生活は?
  54. 物怪(もののけ)とは何か
  55. 「宿木(やどりぎ)」とは?
  56. 女君たちの魅力は?
  57. 六条院とはどんな邸宅であったか
  58. 女三の宮と柏木との関係を知った光源氏はどう対処したか?
  59. 紫式部の住居はどこにあったか?
  60. 作り物語の『源氏物語』に実在の人物が登場するのはなぜか?
  61. 紫式部と藤原道長の関係について
  62. 源氏物語に及ぼした伊勢物語の影響
  63. 「鈴虫」の巻名の由来は?
  64. 「侍従」という女房の役割は何か
  65. 光源氏が一番美人だと認めていた女君は誰か
  66. 紫式部の墓はどこにあるか
  67. 「雲隠」の巻は原作にあったのか
  68. 男君たちの魅力は
  69. 源氏物語に見える音楽
  70. 年立ての矛盾
  71. 各巻のあらすじ(1)桐壺・帚木
  72. 女君を選ぶとしたら?
  73. 各巻のあらすじ(2)空蝉・夕顔
  74. 『源氏物語』の続編(1)―『山路の露』―
  75. 各巻のあらすじ(3)若紫・末摘花
  76. 『源氏物語奥入(おくいり)』とは
  77. 源氏香とは何か
  78. 平安時代の風呂はどんなものであったか
  79. 牛車(ぎっしゃ)とは何か
  80. 貴族の日常生活はどういうものであったか
  81. 源氏物語にはなぜ大災害が描かれていないのか
  82. 源氏物語にあらわれた宿世観
  83. 源氏物語に登場する僧侶
  84. 『源氏物語』の主役の条件

ご意見・ご感想をお寄せください

ご意見・ご感想フォームよりお気軽にお送りください。