49 紫式部の教養

『源氏物語の謎』増淵勝一 著 - 国研ウェブ文庫

村上天皇の宣耀殿女御芳子(―967)は姫君のとき、父の小一条左大臣師尹(もろただ)から、「一つには御手を習ひ給へ。つぎには琴(きん)の御琴をいかで人に弾きまさらむと思せ。さて『古今』の二十巻を皆うかべさせ給はむを御学問にはせさせ給へ」と言われたといいます(『枕草子』)。当時の姫君は、書道と音楽と和歌をマスターすることが教養の基本であったことがわかります。

『源氏物語』でもこの三つが教養の基本であったことは明白ですが、女性の場合、裁縫や染色の技術なども重視されています。「帚木」巻の雨夜の品定めに登場する左馬頭の妻であった指食い女は、染色は秋の女神の立田姫に、裁縫は七夕の織姫にもたとえられるほどの上手であったと称えられています。

紫式部も自室で、「内匠(たくみ)の蔵人は長押(なげし)の下にゐて、あてきが縫ふものの、かさね・ひねりなど、つくづくとしゐたるに」(『日記』寛弘五年十二月条)と記していることから推しても、裁縫には相当自信があったことでしょう。

管絃(音楽)の場面は『源氏物語』の至る所に記されていますが、『紫式部集』には知人から「参りて、御手より得む」と、筝の琴の教授を依頼されたことが記されています。彼女の演奏の腕前が想像されます。

式部の和歌の実力が抜群であったことは、『後拾遺集』以下の勅撰集に六十一首も採られており、『源氏物語』中の約八百首も含めて、千首近くの詠草が残されている事実によっても証明されます。和泉式部を「まことの歌よみざまにこそ侍らざめれ」と評し、赤染衛門を「われかしこげに思ひたる人」とも評しています。(『日記』)。

紫式部は囲碁や漢詩文にもすぐれていました。あの高名の清少納言を「真名書き散らして侍るほども、よく見れば、まだいとたへぬこと多かり」と批判しています(『日記』)。漢詩文に断然自信のあったことがよくわかりますね。

作成日:2014年4月18日

『源氏物語の謎』増淵勝一 著 目次

  1. 『源氏物語』はいつ書かれたか
  2. 『源氏物語』はどんな物語か
  3. 『源氏物語』の巻名はだれがつけたものか
  4. 『源氏物語』の時代設定はいつか
  5. 光源氏に愛された女性の中で、一番しあわせだったのはだれか
  6. 『源氏物語』の伝本にはどんなものがあるか
  7. 『源氏物語』の三大滑稽人物とはだれか?
  8. 『源氏物語』という書名ははじめから付けられていたものか?
  9. 『源氏物語』の「もののあはれ」とは何か?
  10. 紫式部の名の由来は?
  11. 光源氏はなぜ義母の藤壺を思慕したのか。
  12. 「桐壺」とは何か
  13. 「雨夜の品定め」とは何か
  14. 「帚木」とは何か
  15. 『源氏物語』の三箇(さんか)の大事(だいじ)とは何か
  16. 紫式部堕獄(だごく)説とは何か
  17. 『源氏物語』は古人にどう評価されたか。
  18. 紫式部はどういう生涯を送ったか
  19. 登場人物の名づけ親は誰か
  20. 源氏物語の文章の「すべらかし」調とは?
  21. 光源氏の「二条院」はどこにあったか
  22. 源氏物語に描かれた結婚形態とは
  23. 「紅葉賀(もみじのが)」とは何か
  24. 源氏物語に近親結婚が多いのはなぜか
  25. 結婚を拒否する女性
  26. 光源氏はどんな容貌・容姿であったか
  27. 源氏物語の遺跡にはどんなものがあるか
  28. 源氏物語の構成はどうなっているか
  29. 乳母(めのと)とは何か
  30. 源氏物語には何首の和歌があるか。
  31. 「総角」巻の巻名の由来は何か。
  32. 光源氏はなぜ須磨に籠居したのか。
  33. 「夢浮橋」の巻名の由来は何か
  34. 光源氏の経済的基盤はどこにあったか(1)
  35. 弘徽殿の大后のモデルは誰か
  36. 桐壺の更衣のモデルは誰か
  37. 紫式部観音化身説とは?
  38. 光源氏の経済的基盤はどこにあったか(2)
  39. 源氏物語』の登場人物は何人ぐらいいるか?
  40. 『源氏物語』に登場する敵役(かたきやく)
  41. 主な女君たちの命日
  42. 平安貴族の住居はどんなものであったか
  43. 宇治の八の宮は二人の姫君を残してなぜ出家を目指すことができたか
  44. 源氏物語が長い間読まれつづけているのはなぜか
  45. 『源氏物語』の最も古い注釈書とは
  46. 「かがやく日の宮」巻とは何か
  47. 「澪標」の巻名の由来は?
  48. 『源氏物語』に描かれた病気
  49. 紫式部の教養
  50. 古注の集大成―『河海抄』
  51. 世界文学史上の『源氏物語』
  52. 紫式部の学問観
  53. 光源氏薨後の夫人たちの生活は?
  54. 物怪(もののけ)とは何か
  55. 「宿木(やどりぎ)」とは?
  56. 女君たちの魅力は?
  57. 六条院とはどんな邸宅であったか
  58. 女三の宮と柏木との関係を知った光源氏はどう対処したか?
  59. 紫式部の住居はどこにあったか?
  60. 作り物語の『源氏物語』に実在の人物が登場するのはなぜか?
  61. 紫式部と藤原道長の関係について
  62. 源氏物語に及ぼした伊勢物語の影響
  63. 「鈴虫」の巻名の由来は?
  64. 「侍従」という女房の役割は何か
  65. 光源氏が一番美人だと認めていた女君は誰か
  66. 紫式部の墓はどこにあるか
  67. 「雲隠」の巻は原作にあったのか
  68. 男君たちの魅力は
  69. 源氏物語に見える音楽
  70. 年立ての矛盾
  71. 各巻のあらすじ(1)桐壺・帚木
  72. 女君を選ぶとしたら?
  73. 各巻のあらすじ(2)空蝉・夕顔
  74. 『源氏物語』の続編(1)―『山路の露』―
  75. 各巻のあらすじ(3)若紫・末摘花
  76. 『源氏物語奥入(おくいり)』とは
  77. 源氏香とは何か
  78. 平安時代の風呂はどんなものであったか
  79. 牛車(ぎっしゃ)とは何か
  80. 貴族の日常生活はどういうものであったか
  81. 源氏物語にはなぜ大災害が描かれていないのか
  82. 源氏物語にあらわれた宿世観
  83. 源氏物語に登場する僧侶
  84. 『源氏物語』の主役の条件

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