79 牛車(ぎっしゃ)とは何か
『源氏物語の謎』増淵勝一 著 - 国研ウェブ文庫
明治以前の動力によらない時代の乗物には、車(輦車〈てぐるま〉・牛車)・輿(こし)・馬・船等がありました。船の一部は風力なども利用しますが、ほとんどは人力や牛馬の力による乗物しか存在しませんでした。
輦車は人力で引く車で、腰車(こしぐるま)・小車(おぐるま)ともいいます。皇太子の晴れの折の乗用で、また特に勅許のある場合に限り、宮城門から各殿舎まで乗車が許されます。これを「輦車の宣旨」といいます。桐壺の更衣が宮中から退室するとき、この宣旨を受けました(桐壺巻)。また尚侍の玉鬘が宮中から髭黒邸へ退出するときや(真木柱巻)、明石の御方が入内した姫君の後見のため参内するときにも、この宣旨を受けました(藤裏葉巻)。
牛車 牛に引かせる車で、乗用のためのもの。荷車などは牛車とはいいません。いろいろの種類のものがありますが、『源氏物語』や『紫式部日記』等に見えている牛車には、以下のような車があります。
(1)檳榔毛車(びろうげのくるま) 毛車(けぐるま)ともいう。檳榔の葉を細く割いて屋根を葺いた車で、物見(窓)はなく、内側は格子で青末濃(あおすそご)の下簾があります。上皇以下四位以上、及び僧正・大僧都の乗用。なお参議(三位)以下には下簾がありません。「宿木」巻に見える「檳榔毛の黄金づくり」は、金の金具を用いたものです。『紫式部日記』の内裏還啓条に見える「黄金づくり」の車などが、これに当るものでしょう。
(2)糸毛車(いとげのくるま) 車の庇を色糸で飾った車。物見はなく、前後の屋形が外へそる所(眉〈まゆ〉)の下に庇があります。青糸毛は皇后・親王・摂関、紫糸毛は女御・更衣・尚侍・典侍、赤糸毛は賀茂祭の女使の乗用でした。『紫式部日記』の内裏還啓の条に、道長夫人の殿の上と少輔の乳母が若宮(敦成親王)を抱いて乗ったとあります。「宿木」巻には女二の宮の乗る「庇の御車」がこれに当りますが、同巻に「庇なき糸毛も二つ」ともあるので、庇のないものもあったようです。
(3)網代車(あじろぐるま) 竹または桧皮を網代に組んで、屋形と左右の脇を張り、青地黄文に塗り、袖(屋の両側の突出した部分)だけは白地に家紋をつけたもの。大臣以下四、五位、督・佐までの乗用。「須磨」巻に「網代車のうちやつれたるにて」とあるほか、「葵」「若菜上」「宿木」諸巻にも見えていて、男女を含めて、貴族たちの最もポピュラーな乗用車でありました。
この他(4)半蔀車(はじとみのくるま) (屋形は桧皮〈ひわだ〉・物見には半蔀がつけてある)・(5)八葉車(はちようのくるま) (萌黄の網代に黄の九曜文をつけた車。大小の別がある)・(6)唐車(からぐるま) (唐庇車〈からびさしのくるま〉とも。屋根が唐棟のような形をしており、牛車の中では最大・最高のもの)などがあります。
牛車は後方から乗り、轅(ながえ)のある前方から降ります。姫君などは車を回転させて、轅を渡殿の廊などにさし込み、ときに板などを渡して、降ります。
牛車は定員四人がふつうですが、二人で乗ることも多く、その場合対面式に乗り、上位の者が進行方向に背を向けて前方左に、下位の者が進行方向に向かって、後方右手にすわったようです。内部には現在の畳のようなものが敷いてあったと思われます。
『源氏物語の謎』増淵勝一 著 目次
- 『源氏物語』はいつ書かれたか
- 『源氏物語』はどんな物語か
- 『源氏物語』の巻名はだれがつけたものか
- 『源氏物語』の時代設定はいつか
- 光源氏に愛された女性の中で、一番しあわせだったのはだれか
- 『源氏物語』の伝本にはどんなものがあるか
- 『源氏物語』の三大滑稽人物とはだれか?
- 『源氏物語』という書名ははじめから付けられていたものか?
- 『源氏物語』の「もののあはれ」とは何か?
- 紫式部の名の由来は?
- 光源氏はなぜ義母の藤壺を思慕したのか。
- 「桐壺」とは何か
- 「雨夜の品定め」とは何か
- 「帚木」とは何か
- 『源氏物語』の三箇(さんか)の大事(だいじ)とは何か
- 紫式部堕獄(だごく)説とは何か
- 『源氏物語』は古人にどう評価されたか。
- 紫式部はどういう生涯を送ったか
- 登場人物の名づけ親は誰か
- 源氏物語の文章の「すべらかし」調とは?
- 光源氏の「二条院」はどこにあったか
- 源氏物語に描かれた結婚形態とは
- 「紅葉賀(もみじのが)」とは何か
- 源氏物語に近親結婚が多いのはなぜか
- 結婚を拒否する女性
- 光源氏はどんな容貌・容姿であったか
- 源氏物語の遺跡にはどんなものがあるか
- 源氏物語の構成はどうなっているか
- 乳母(めのと)とは何か
- 源氏物語には何首の和歌があるか。
- 「総角」巻の巻名の由来は何か。
- 光源氏はなぜ須磨に籠居したのか。
- 「夢浮橋」の巻名の由来は何か
- 光源氏の経済的基盤はどこにあったか(1)
- 弘徽殿の大后のモデルは誰か
- 桐壺の更衣のモデルは誰か
- 紫式部観音化身説とは?
- 光源氏の経済的基盤はどこにあったか(2)
- 源氏物語』の登場人物は何人ぐらいいるか?
- 『源氏物語』に登場する敵役(かたきやく)
- 主な女君たちの命日
- 平安貴族の住居はどんなものであったか
- 宇治の八の宮は二人の姫君を残してなぜ出家を目指すことができたか
- 源氏物語が長い間読まれつづけているのはなぜか
- 『源氏物語』の最も古い注釈書とは
- 「かがやく日の宮」巻とは何か
- 「澪標」の巻名の由来は?
- 『源氏物語』に描かれた病気
- 紫式部の教養
- 古注の集大成―『河海抄』
- 世界文学史上の『源氏物語』
- 紫式部の学問観
- 光源氏薨後の夫人たちの生活は?
- 物怪(もののけ)とは何か
- 「宿木(やどりぎ)」とは?
- 女君たちの魅力は?
- 六条院とはどんな邸宅であったか
- 女三の宮と柏木との関係を知った光源氏はどう対処したか?
- 紫式部の住居はどこにあったか?
- 作り物語の『源氏物語』に実在の人物が登場するのはなぜか?
- 紫式部と藤原道長の関係について
- 源氏物語に及ぼした伊勢物語の影響
- 「鈴虫」の巻名の由来は?
- 「侍従」という女房の役割は何か
- 光源氏が一番美人だと認めていた女君は誰か
- 紫式部の墓はどこにあるか
- 「雲隠」の巻は原作にあったのか
- 男君たちの魅力は
- 源氏物語に見える音楽
- 年立ての矛盾
- 各巻のあらすじ(1)桐壺・帚木
- 女君を選ぶとしたら?
- 各巻のあらすじ(2)空蝉・夕顔
- 『源氏物語』の続編(1)―『山路の露』―
- 各巻のあらすじ(3)若紫・末摘花
- 『源氏物語奥入(おくいり)』とは
- 源氏香とは何か
- 平安時代の風呂はどんなものであったか
- 牛車(ぎっしゃ)とは何か
- 貴族の日常生活はどういうものであったか
- 源氏物語にはなぜ大災害が描かれていないのか
- 源氏物語にあらわれた宿世観
- 源氏物語に登場する僧侶
- 『源氏物語』の主役の条件
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