55 「宿木(やどりぎ)」とは?
『源氏物語の謎』増淵勝一 著 - 国研ウェブ文庫
『源氏物語』第四十九巻は、「宿木(やどりぎ・寄生とも)」と言います。
この巻では、中の君が匂宮の皇子を懐妊。その匂宮は夕霧の六の君と結婚したため、中の君は宮に不信感を抱き、その中の君にともすれば薫が近づきます。せっぱつまった中の君は、異母妹の浮舟のことを薫に語ります。
晩秋薫は宇治を訪ね、八の宮や大君の菩提を弔うために、山荘の寝殿を阿闍梨の山寺の御堂に移築する指図をして帰京します。途中、深山木に這いかかる「こだに」を手折って、「宿木と思ひ出でずは木の下の旅寝もいかにさびしからまし――昔、宿ったという思い出がなかったならば、この深山木の下(宇治の山荘)での旅寝もどんなにさびしいことでしょう」という歌を添えて中の君に贈りました。ここから当巻の「宿木」の名が出ました。以上が本巻の前半の話です。
ところでふつう「宿木」というのは、他の樹木に寄生した木で、「ほや」と言われるものや、広葉樹に寄生するヤドリギ科の常緑低木を指します。もっともこの「宿木」巻では、八の宮邸の「いと気色ある深山木に宿りたる蔦(つた)の色ぞまだ残りたる。『こだに』など少し引き取らせて」、前述の歌を薫がよんだことになっています。のちにこれを見た匂宮も「をかしき蔦かな」と言っています。
「こだに」は、苦丹・苦肚・木丹等と書かれる「くだに」と同じものだとすると、これまた定説はなく、これはボタン・リンドウ・ホホズキなどと言われていますから、「宿木」巻の「こだに」とは違うことになります。
賀茂真淵などは、「こだに」は、「これをだに」の本文の間違いであると説いています(『源氏物語新釈』)。また一条兼良は「こだには木に付きたる虫の名也」とも言っています(『花鳥余情』)。
ともあれ、この「宿木」は深山木にからみついた「蔦」であったことは確かで、その光景から宇治山荘に宿った薫自身の姿を重ねて合わせているのです。
『源氏物語の謎』増淵勝一 著 目次
- 『源氏物語』はいつ書かれたか
- 『源氏物語』はどんな物語か
- 『源氏物語』の巻名はだれがつけたものか
- 『源氏物語』の時代設定はいつか
- 光源氏に愛された女性の中で、一番しあわせだったのはだれか
- 『源氏物語』の伝本にはどんなものがあるか
- 『源氏物語』の三大滑稽人物とはだれか?
- 『源氏物語』という書名ははじめから付けられていたものか?
- 『源氏物語』の「もののあはれ」とは何か?
- 紫式部の名の由来は?
- 光源氏はなぜ義母の藤壺を思慕したのか。
- 「桐壺」とは何か
- 「雨夜の品定め」とは何か
- 「帚木」とは何か
- 『源氏物語』の三箇(さんか)の大事(だいじ)とは何か
- 紫式部堕獄(だごく)説とは何か
- 『源氏物語』は古人にどう評価されたか。
- 紫式部はどういう生涯を送ったか
- 登場人物の名づけ親は誰か
- 源氏物語の文章の「すべらかし」調とは?
- 光源氏の「二条院」はどこにあったか
- 源氏物語に描かれた結婚形態とは
- 「紅葉賀(もみじのが)」とは何か
- 源氏物語に近親結婚が多いのはなぜか
- 結婚を拒否する女性
- 光源氏はどんな容貌・容姿であったか
- 源氏物語の遺跡にはどんなものがあるか
- 源氏物語の構成はどうなっているか
- 乳母(めのと)とは何か
- 源氏物語には何首の和歌があるか。
- 「総角」巻の巻名の由来は何か。
- 光源氏はなぜ須磨に籠居したのか。
- 「夢浮橋」の巻名の由来は何か
- 光源氏の経済的基盤はどこにあったか(1)
- 弘徽殿の大后のモデルは誰か
- 桐壺の更衣のモデルは誰か
- 紫式部観音化身説とは?
- 光源氏の経済的基盤はどこにあったか(2)
- 源氏物語』の登場人物は何人ぐらいいるか?
- 『源氏物語』に登場する敵役(かたきやく)
- 主な女君たちの命日
- 平安貴族の住居はどんなものであったか
- 宇治の八の宮は二人の姫君を残してなぜ出家を目指すことができたか
- 源氏物語が長い間読まれつづけているのはなぜか
- 『源氏物語』の最も古い注釈書とは
- 「かがやく日の宮」巻とは何か
- 「澪標」の巻名の由来は?
- 『源氏物語』に描かれた病気
- 紫式部の教養
- 古注の集大成―『河海抄』
- 世界文学史上の『源氏物語』
- 紫式部の学問観
- 光源氏薨後の夫人たちの生活は?
- 物怪(もののけ)とは何か
- 「宿木(やどりぎ)」とは?
- 女君たちの魅力は?
- 六条院とはどんな邸宅であったか
- 女三の宮と柏木との関係を知った光源氏はどう対処したか?
- 紫式部の住居はどこにあったか?
- 作り物語の『源氏物語』に実在の人物が登場するのはなぜか?
- 紫式部と藤原道長の関係について
- 源氏物語に及ぼした伊勢物語の影響
- 「鈴虫」の巻名の由来は?
- 「侍従」という女房の役割は何か
- 光源氏が一番美人だと認めていた女君は誰か
- 紫式部の墓はどこにあるか
- 「雲隠」の巻は原作にあったのか
- 男君たちの魅力は
- 源氏物語に見える音楽
- 年立ての矛盾
- 各巻のあらすじ(1)桐壺・帚木
- 女君を選ぶとしたら?
- 各巻のあらすじ(2)空蝉・夕顔
- 『源氏物語』の続編(1)―『山路の露』―
- 各巻のあらすじ(3)若紫・末摘花
- 『源氏物語奥入(おくいり)』とは
- 源氏香とは何か
- 平安時代の風呂はどんなものであったか
- 牛車(ぎっしゃ)とは何か
- 貴族の日常生活はどういうものであったか
- 源氏物語にはなぜ大災害が描かれていないのか
- 源氏物語にあらわれた宿世観
- 源氏物語に登場する僧侶
- 『源氏物語』の主役の条件
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