50 古注の集大成―『河海抄』

『源氏物語の謎』増淵勝一 著 - 国研ウェブ文庫

江戸時代の『源氏物語』の注釈書を新注というのに対して、室町時代以前の注釈書を古注と呼んでいます。国研Web文庫№45にも述べましたが、『源氏物語』の注釈書の最初は、世尊寺伊行の『源氏物語釈(しゃく)』です。その後藤原定家(『奥入』)・源光行(『水原抄』『原中最秘抄』)・素寂(『紫明抄』)・長慶天皇(『仙源抄』)らの注釈書が書かれました。

その初期の業績を受けて、それらを集大成した一冊が源(四辻)善成の『河海抄』二十巻です。善成(1326-1402)は博学で有名な順徳天皇の曽孫。文和五年(正平十一年、1356)源姓を賜りましたが、祖父の善統親王が四辻宮と号したので、四辻を名乗りました。永徳元年(弘和元年、1381)従一位、応永二年(1395)左大臣、同年出家法名常勝。歌人としても著名です。

『河海抄』は一名『一葉抄』ともいい、貞治(1362-68)の初めごろに、足利二代将軍義詮の求めによって著述されたものです。善成は光源氏の家臣の惟光・良清を模して、自分を「正六位上物語博士源惟良」と署名しています。

本書の冒頭には、料簡の部を設け、物語創作の由来や、作者の伝記などを記述。注釈では本文に対して語句の解釈や、引歌・故事の考証をくわしく行ないました。博引傍証で、当時の風習の説明など、まことに有益です。

本居宣長は、『源氏物語玉の小櫛』(寛政五年〈1793〉起稿)の一の巻「注釈」に、「注釈は、河海抄ぞ第一の物なる。それよりさきにも、これかれとあれども、ひろからずくはしからざるを、かの抄は、やまともろこし、儒仏のもろもろの書どもを、ひろく考へいだして、何事も、をさをさのこるくまなく、解きあきらめられたり」と絶賛しています。

なお、善成の手によって、『河海抄』中の秘義秘説三十二条を集めた『珊瑚(さんご)秘抄』一冊があります。

作成日:2014年5月3日

『源氏物語の謎』増淵勝一 著 目次

  1. 『源氏物語』はいつ書かれたか
  2. 『源氏物語』はどんな物語か
  3. 『源氏物語』の巻名はだれがつけたものか
  4. 『源氏物語』の時代設定はいつか
  5. 光源氏に愛された女性の中で、一番しあわせだったのはだれか
  6. 『源氏物語』の伝本にはどんなものがあるか
  7. 『源氏物語』の三大滑稽人物とはだれか?
  8. 『源氏物語』という書名ははじめから付けられていたものか?
  9. 『源氏物語』の「もののあはれ」とは何か?
  10. 紫式部の名の由来は?
  11. 光源氏はなぜ義母の藤壺を思慕したのか。
  12. 「桐壺」とは何か
  13. 「雨夜の品定め」とは何か
  14. 「帚木」とは何か
  15. 『源氏物語』の三箇(さんか)の大事(だいじ)とは何か
  16. 紫式部堕獄(だごく)説とは何か
  17. 『源氏物語』は古人にどう評価されたか。
  18. 紫式部はどういう生涯を送ったか
  19. 登場人物の名づけ親は誰か
  20. 源氏物語の文章の「すべらかし」調とは?
  21. 光源氏の「二条院」はどこにあったか
  22. 源氏物語に描かれた結婚形態とは
  23. 「紅葉賀(もみじのが)」とは何か
  24. 源氏物語に近親結婚が多いのはなぜか
  25. 結婚を拒否する女性
  26. 光源氏はどんな容貌・容姿であったか
  27. 源氏物語の遺跡にはどんなものがあるか
  28. 源氏物語の構成はどうなっているか
  29. 乳母(めのと)とは何か
  30. 源氏物語には何首の和歌があるか。
  31. 「総角」巻の巻名の由来は何か。
  32. 光源氏はなぜ須磨に籠居したのか。
  33. 「夢浮橋」の巻名の由来は何か
  34. 光源氏の経済的基盤はどこにあったか(1)
  35. 弘徽殿の大后のモデルは誰か
  36. 桐壺の更衣のモデルは誰か
  37. 紫式部観音化身説とは?
  38. 光源氏の経済的基盤はどこにあったか(2)
  39. 源氏物語』の登場人物は何人ぐらいいるか?
  40. 『源氏物語』に登場する敵役(かたきやく)
  41. 主な女君たちの命日
  42. 平安貴族の住居はどんなものであったか
  43. 宇治の八の宮は二人の姫君を残してなぜ出家を目指すことができたか
  44. 源氏物語が長い間読まれつづけているのはなぜか
  45. 『源氏物語』の最も古い注釈書とは
  46. 「かがやく日の宮」巻とは何か
  47. 「澪標」の巻名の由来は?
  48. 『源氏物語』に描かれた病気
  49. 紫式部の教養
  50. 古注の集大成―『河海抄』
  51. 世界文学史上の『源氏物語』
  52. 紫式部の学問観
  53. 光源氏薨後の夫人たちの生活は?
  54. 物怪(もののけ)とは何か
  55. 「宿木(やどりぎ)」とは?
  56. 女君たちの魅力は?
  57. 六条院とはどんな邸宅であったか
  58. 女三の宮と柏木との関係を知った光源氏はどう対処したか?
  59. 紫式部の住居はどこにあったか?
  60. 作り物語の『源氏物語』に実在の人物が登場するのはなぜか?
  61. 紫式部と藤原道長の関係について
  62. 源氏物語に及ぼした伊勢物語の影響
  63. 「鈴虫」の巻名の由来は?
  64. 「侍従」という女房の役割は何か
  65. 光源氏が一番美人だと認めていた女君は誰か
  66. 紫式部の墓はどこにあるか
  67. 「雲隠」の巻は原作にあったのか
  68. 男君たちの魅力は
  69. 源氏物語に見える音楽
  70. 年立ての矛盾
  71. 各巻のあらすじ(1)桐壺・帚木
  72. 女君を選ぶとしたら?
  73. 各巻のあらすじ(2)空蝉・夕顔
  74. 『源氏物語』の続編(1)―『山路の露』―
  75. 各巻のあらすじ(3)若紫・末摘花
  76. 『源氏物語奥入(おくいり)』とは
  77. 源氏香とは何か
  78. 平安時代の風呂はどんなものであったか
  79. 牛車(ぎっしゃ)とは何か
  80. 貴族の日常生活はどういうものであったか
  81. 源氏物語にはなぜ大災害が描かれていないのか
  82. 源氏物語にあらわれた宿世観
  83. 源氏物語に登場する僧侶
  84. 『源氏物語』の主役の条件

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