52 紫式部の学問観

『源氏物語の謎』増淵勝一 著 - 国研ウェブ文庫

紫式部の学問観は、「少女」の巻で大学教育を夕霧に受けさせた条によく述べられています。夕霧が十二歳になり元服するとき、親王の子は四位に、一世の源氏の息は五位に叙する慣例を破り、六位に叙して、浅黄(うす緑)の袍(ほう)で、もと殿上童でしたから、再び殿上の間に出仕できる、還(かえり)昇殿をするということにしたのです。そうしたのは、大学での学問を学ばせるためです。

源氏は二条の東院に大学寮の博士や教官を招き、字(あざな)を付ける儀式や入学式を行ない、『孝経』や『論語』『史記』以下の漢籍を学ばせます。聡明で努力家の夕霧は、大学寮での寮試に合格して、擬文章生となり、翌春には式部省の課試をとき、文章生(進士)となり、秋には晴れて五位(紅色)に叙せられ、侍従に任命されます。

当時の貴族の子弟は元服の折、なんなく四位・五位を授けられるのですから、苦労して学問などする者はほとんどおりませんでした。源氏自身も父の桐壺帝から習ったものの、根本から学習したわけではないと謙遜しています。そして「はかなき(学問のない頼りない)親に賢き子のまさる例は」めったになく、それが子々孫々につづいていけば、将来は心細い状態になってしまうだろうと心配します。

つぎに、気ままに遊んで、思いのままの官職位を授けられて昇進しても、権勢におもねる人々は、内心鼻であしらいながらも、お追従を言います。しかし時勢が移って、頼っていた人が亡くなったりすると、人から軽んぜられても、学問のない悲しさ、なんの対応もとれずに没落すると語っていますが、これは当時の貴族社会の人々の怠慢さへの紫式部の痛烈な批判であるといえます。

結論として、式部は「才をもとしてこそ大和魂の世に用いらる方も強う侍らめ」と述べています。才は漢才(学問)で、大和魂はその学問をもとに発揮する実務の才を言います。学問があるからこそその実務の才が世間から重んじられると言っているのです。
作成日:2014年6月6日

『源氏物語の謎』増淵勝一 著 目次

  1. 『源氏物語』はいつ書かれたか
  2. 『源氏物語』はどんな物語か
  3. 『源氏物語』の巻名はだれがつけたものか
  4. 『源氏物語』の時代設定はいつか
  5. 光源氏に愛された女性の中で、一番しあわせだったのはだれか
  6. 『源氏物語』の伝本にはどんなものがあるか
  7. 『源氏物語』の三大滑稽人物とはだれか?
  8. 『源氏物語』という書名ははじめから付けられていたものか?
  9. 『源氏物語』の「もののあはれ」とは何か?
  10. 紫式部の名の由来は?
  11. 光源氏はなぜ義母の藤壺を思慕したのか。
  12. 「桐壺」とは何か
  13. 「雨夜の品定め」とは何か
  14. 「帚木」とは何か
  15. 『源氏物語』の三箇(さんか)の大事(だいじ)とは何か
  16. 紫式部堕獄(だごく)説とは何か
  17. 『源氏物語』は古人にどう評価されたか。
  18. 紫式部はどういう生涯を送ったか
  19. 登場人物の名づけ親は誰か
  20. 源氏物語の文章の「すべらかし」調とは?
  21. 光源氏の「二条院」はどこにあったか
  22. 源氏物語に描かれた結婚形態とは
  23. 「紅葉賀(もみじのが)」とは何か
  24. 源氏物語に近親結婚が多いのはなぜか
  25. 結婚を拒否する女性
  26. 光源氏はどんな容貌・容姿であったか
  27. 源氏物語の遺跡にはどんなものがあるか
  28. 源氏物語の構成はどうなっているか
  29. 乳母(めのと)とは何か
  30. 源氏物語には何首の和歌があるか。
  31. 「総角」巻の巻名の由来は何か。
  32. 光源氏はなぜ須磨に籠居したのか。
  33. 「夢浮橋」の巻名の由来は何か
  34. 光源氏の経済的基盤はどこにあったか(1)
  35. 弘徽殿の大后のモデルは誰か
  36. 桐壺の更衣のモデルは誰か
  37. 紫式部観音化身説とは?
  38. 光源氏の経済的基盤はどこにあったか(2)
  39. 源氏物語』の登場人物は何人ぐらいいるか?
  40. 『源氏物語』に登場する敵役(かたきやく)
  41. 主な女君たちの命日
  42. 平安貴族の住居はどんなものであったか
  43. 宇治の八の宮は二人の姫君を残してなぜ出家を目指すことができたか
  44. 源氏物語が長い間読まれつづけているのはなぜか
  45. 『源氏物語』の最も古い注釈書とは
  46. 「かがやく日の宮」巻とは何か
  47. 「澪標」の巻名の由来は?
  48. 『源氏物語』に描かれた病気
  49. 紫式部の教養
  50. 古注の集大成―『河海抄』
  51. 世界文学史上の『源氏物語』
  52. 紫式部の学問観
  53. 光源氏薨後の夫人たちの生活は?
  54. 物怪(もののけ)とは何か
  55. 「宿木(やどりぎ)」とは?
  56. 女君たちの魅力は?
  57. 六条院とはどんな邸宅であったか
  58. 女三の宮と柏木との関係を知った光源氏はどう対処したか?
  59. 紫式部の住居はどこにあったか?
  60. 作り物語の『源氏物語』に実在の人物が登場するのはなぜか?
  61. 紫式部と藤原道長の関係について
  62. 源氏物語に及ぼした伊勢物語の影響
  63. 「鈴虫」の巻名の由来は?
  64. 「侍従」という女房の役割は何か
  65. 光源氏が一番美人だと認めていた女君は誰か
  66. 紫式部の墓はどこにあるか
  67. 「雲隠」の巻は原作にあったのか
  68. 男君たちの魅力は
  69. 源氏物語に見える音楽
  70. 年立ての矛盾
  71. 各巻のあらすじ(1)桐壺・帚木
  72. 女君を選ぶとしたら?
  73. 各巻のあらすじ(2)空蝉・夕顔
  74. 『源氏物語』の続編(1)―『山路の露』―
  75. 各巻のあらすじ(3)若紫・末摘花
  76. 『源氏物語奥入(おくいり)』とは
  77. 源氏香とは何か
  78. 平安時代の風呂はどんなものであったか
  79. 牛車(ぎっしゃ)とは何か
  80. 貴族の日常生活はどういうものであったか
  81. 源氏物語にはなぜ大災害が描かれていないのか
  82. 源氏物語にあらわれた宿世観
  83. 源氏物語に登場する僧侶
  84. 『源氏物語』の主役の条件

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