51 世界文学史上の『源氏物語』

『源氏物語の謎』増淵勝一 著 - 国研ウェブ文庫

『源氏物語』(寛弘五年〈1008〉成立)が海外に紹介された最初は、明治十五年(1882)刊の末松謙澄訳(「絵合」まで)ですが、広く世界に知られたのは大正十四年(1925)から昭和五年(1930)にかけて刊行されたアーサー・ウェーリーの英訳“The Tale of Genji”六冊によってです。ドナルド・キーン氏によれば、翻訳の第一巻が出ると、多くの関心が寄せられ、ウェーリーに会う人々は、「すべてのイギリス人が、あなたを崇拝するでしょうね」と言ったといいます(『世界の源氏物語』二〇〇七年ランダムハウス・講談社刊)。これを契機として『源氏物語』は高い評価を受けることになり、現在の西欧の文学史での紫式部の評価は、『ドン・キホーテ』(一六〇五年刊、続編一六一五年刊)の作者のセルバンテスにつぐものとされているそうです(同上)。

『源氏物語』は虚構によって人生の真実を述べるという小説(novels)の手法をとった世界最古の長編小説です。『源氏物語』以前の唐代(618-907)小説は、たとえば陳鴻の『長恨歌伝』に見るようにごく短編で漢文の作品でもあります。また九世紀に初めてアラビア語で書かれた『アラビアン・ナイト』は、説話の集成で、全編を貫く小説的な構想がありません。

中国で口語で書かれた(=白話体の)小説は、一三九八年成立の『三国志演義』や『水滸伝』まで待たなくてはなりません。また西欧では、イタリアのダンテの『神曲』(1304成立)や、イギリスのシェークスピア(1564-1616)、先述のセルバンテスらの登場が小説のさきがけと考えられます。

こういう世界的名著の位置づけから見ますと、『源氏物語』の小説的独創の偉大さがよくわかるでしょう。質量ともに断然諸国の作品を圧倒して出現した『源氏物語』は、外国の古代文学が男性的な精神であるのに対して、女性的フェミニズムの精神を発揮している点でもユニークなのです。

作成日:2014年5月9日

『源氏物語の謎』増淵勝一 著 目次

  1. 『源氏物語』はいつ書かれたか
  2. 『源氏物語』はどんな物語か
  3. 『源氏物語』の巻名はだれがつけたものか
  4. 『源氏物語』の時代設定はいつか
  5. 光源氏に愛された女性の中で、一番しあわせだったのはだれか
  6. 『源氏物語』の伝本にはどんなものがあるか
  7. 『源氏物語』の三大滑稽人物とはだれか?
  8. 『源氏物語』という書名ははじめから付けられていたものか?
  9. 『源氏物語』の「もののあはれ」とは何か?
  10. 紫式部の名の由来は?
  11. 光源氏はなぜ義母の藤壺を思慕したのか。
  12. 「桐壺」とは何か
  13. 「雨夜の品定め」とは何か
  14. 「帚木」とは何か
  15. 『源氏物語』の三箇(さんか)の大事(だいじ)とは何か
  16. 紫式部堕獄(だごく)説とは何か
  17. 『源氏物語』は古人にどう評価されたか。
  18. 紫式部はどういう生涯を送ったか
  19. 登場人物の名づけ親は誰か
  20. 源氏物語の文章の「すべらかし」調とは?
  21. 光源氏の「二条院」はどこにあったか
  22. 源氏物語に描かれた結婚形態とは
  23. 「紅葉賀(もみじのが)」とは何か
  24. 源氏物語に近親結婚が多いのはなぜか
  25. 結婚を拒否する女性
  26. 光源氏はどんな容貌・容姿であったか
  27. 源氏物語の遺跡にはどんなものがあるか
  28. 源氏物語の構成はどうなっているか
  29. 乳母(めのと)とは何か
  30. 源氏物語には何首の和歌があるか。
  31. 「総角」巻の巻名の由来は何か。
  32. 光源氏はなぜ須磨に籠居したのか。
  33. 「夢浮橋」の巻名の由来は何か
  34. 光源氏の経済的基盤はどこにあったか(1)
  35. 弘徽殿の大后のモデルは誰か
  36. 桐壺の更衣のモデルは誰か
  37. 紫式部観音化身説とは?
  38. 光源氏の経済的基盤はどこにあったか(2)
  39. 源氏物語』の登場人物は何人ぐらいいるか?
  40. 『源氏物語』に登場する敵役(かたきやく)
  41. 主な女君たちの命日
  42. 平安貴族の住居はどんなものであったか
  43. 宇治の八の宮は二人の姫君を残してなぜ出家を目指すことができたか
  44. 源氏物語が長い間読まれつづけているのはなぜか
  45. 『源氏物語』の最も古い注釈書とは
  46. 「かがやく日の宮」巻とは何か
  47. 「澪標」の巻名の由来は?
  48. 『源氏物語』に描かれた病気
  49. 紫式部の教養
  50. 古注の集大成―『河海抄』
  51. 世界文学史上の『源氏物語』
  52. 紫式部の学問観
  53. 光源氏薨後の夫人たちの生活は?
  54. 物怪(もののけ)とは何か
  55. 「宿木(やどりぎ)」とは?
  56. 女君たちの魅力は?
  57. 六条院とはどんな邸宅であったか
  58. 女三の宮と柏木との関係を知った光源氏はどう対処したか?
  59. 紫式部の住居はどこにあったか?
  60. 作り物語の『源氏物語』に実在の人物が登場するのはなぜか?
  61. 紫式部と藤原道長の関係について
  62. 源氏物語に及ぼした伊勢物語の影響
  63. 「鈴虫」の巻名の由来は?
  64. 「侍従」という女房の役割は何か
  65. 光源氏が一番美人だと認めていた女君は誰か
  66. 紫式部の墓はどこにあるか
  67. 「雲隠」の巻は原作にあったのか
  68. 男君たちの魅力は
  69. 源氏物語に見える音楽
  70. 年立ての矛盾
  71. 各巻のあらすじ(1)桐壺・帚木
  72. 女君を選ぶとしたら?
  73. 各巻のあらすじ(2)空蝉・夕顔
  74. 『源氏物語』の続編(1)―『山路の露』―
  75. 各巻のあらすじ(3)若紫・末摘花
  76. 『源氏物語奥入(おくいり)』とは
  77. 源氏香とは何か
  78. 平安時代の風呂はどんなものであったか
  79. 牛車(ぎっしゃ)とは何か
  80. 貴族の日常生活はどういうものであったか
  81. 源氏物語にはなぜ大災害が描かれていないのか
  82. 源氏物語にあらわれた宿世観
  83. 源氏物語に登場する僧侶
  84. 『源氏物語』の主役の条件

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