77 源氏香とは何か

『源氏物語の謎』増淵勝一 著 - 国研ウェブ文庫

源氏香は、江戸時代初期、当代文化の指導者後水尾(ごみずのお)天皇(1596年~1688年、修学院離宮を造営)の文学愛好の精神と香との結合から生まれた組香(二種以上の香を焚いて香の異同を判別するもの)の一種です。その目的はあくまでも『源氏物語』を味わう優雅な楽しい遊びにありました。

この組香の方式は、香五種を、一種五包ずつ合計二十五包をうち混ぜ、その中の五包を取って焚き、香の異同を判別するのです。現在はふつう豆炭の類を入れた、直径四、五センチの小香炉の上に、石英の板(プレパラート)二枚にごく少量の香料をはさんで暖め、発生する香りを聞く(香りをかぐこと)方法をとっています。

縦に五本の線を並べて書き、右から一炉から五炉までとし、同香の頭を横に結ぶことによって、五十二の図を作ります。これを第一巻「桐壺」と最終巻「夢浮橋」とを除いた五十二帖に当てた図で回答するものです。

たとえば聞く者が、五度とも別々の香で同種なしと聞けば、名乗紙(なのりし)にと図を記し、これを「帚木」と名乗ります。全部が同種と思われるならば、と書いて「手習」と判断します。最初の二度は同種で、三、四度目も同種、最後がまた最初と同様に聞いたときは。これは「総角(あげまき)」です。

香にはもと図はなかったのですが、書きとめるためにこの源氏図ができたのです。その図は「若紫」()で、が二つ記されるのは、光源氏の葵の上と紫の上との関係を示した意味深いものであるとされました(三条西尭山)。『源氏物語』をよりよく味わうための香道であったことがわかるでしょう。

この組合せ五十二種に、「桐壺」(、「賢木」に同じ)・「夢浮橋」(、実在しない)を加え、五十四帖全部が組香されて、「源氏千種(ちぐさ)香」として流行したのは、享保(1716~36年、徳川八代将軍吉宗の時代)のころでした。

なお、「源氏物語ミュージアム」のある宇治市の宇治橋の歩道には、源氏香の図柄のタイルがはめこまれています。源氏香のスペシャリストを目指す人にとっては、恰好のトレーニングになるでしょう。

作成日:2015年7月26日

『源氏物語の謎』増淵勝一 著 目次

  1. 『源氏物語』はいつ書かれたか
  2. 『源氏物語』はどんな物語か
  3. 『源氏物語』の巻名はだれがつけたものか
  4. 『源氏物語』の時代設定はいつか
  5. 光源氏に愛された女性の中で、一番しあわせだったのはだれか
  6. 『源氏物語』の伝本にはどんなものがあるか
  7. 『源氏物語』の三大滑稽人物とはだれか?
  8. 『源氏物語』という書名ははじめから付けられていたものか?
  9. 『源氏物語』の「もののあはれ」とは何か?
  10. 紫式部の名の由来は?
  11. 光源氏はなぜ義母の藤壺を思慕したのか。
  12. 「桐壺」とは何か
  13. 「雨夜の品定め」とは何か
  14. 「帚木」とは何か
  15. 『源氏物語』の三箇(さんか)の大事(だいじ)とは何か
  16. 紫式部堕獄(だごく)説とは何か
  17. 『源氏物語』は古人にどう評価されたか。
  18. 紫式部はどういう生涯を送ったか
  19. 登場人物の名づけ親は誰か
  20. 源氏物語の文章の「すべらかし」調とは?
  21. 光源氏の「二条院」はどこにあったか
  22. 源氏物語に描かれた結婚形態とは
  23. 「紅葉賀(もみじのが)」とは何か
  24. 源氏物語に近親結婚が多いのはなぜか
  25. 結婚を拒否する女性
  26. 光源氏はどんな容貌・容姿であったか
  27. 源氏物語の遺跡にはどんなものがあるか
  28. 源氏物語の構成はどうなっているか
  29. 乳母(めのと)とは何か
  30. 源氏物語には何首の和歌があるか。
  31. 「総角」巻の巻名の由来は何か。
  32. 光源氏はなぜ須磨に籠居したのか。
  33. 「夢浮橋」の巻名の由来は何か
  34. 光源氏の経済的基盤はどこにあったか(1)
  35. 弘徽殿の大后のモデルは誰か
  36. 桐壺の更衣のモデルは誰か
  37. 紫式部観音化身説とは?
  38. 光源氏の経済的基盤はどこにあったか(2)
  39. 源氏物語』の登場人物は何人ぐらいいるか?
  40. 『源氏物語』に登場する敵役(かたきやく)
  41. 主な女君たちの命日
  42. 平安貴族の住居はどんなものであったか
  43. 宇治の八の宮は二人の姫君を残してなぜ出家を目指すことができたか
  44. 源氏物語が長い間読まれつづけているのはなぜか
  45. 『源氏物語』の最も古い注釈書とは
  46. 「かがやく日の宮」巻とは何か
  47. 「澪標」の巻名の由来は?
  48. 『源氏物語』に描かれた病気
  49. 紫式部の教養
  50. 古注の集大成―『河海抄』
  51. 世界文学史上の『源氏物語』
  52. 紫式部の学問観
  53. 光源氏薨後の夫人たちの生活は?
  54. 物怪(もののけ)とは何か
  55. 「宿木(やどりぎ)」とは?
  56. 女君たちの魅力は?
  57. 六条院とはどんな邸宅であったか
  58. 女三の宮と柏木との関係を知った光源氏はどう対処したか?
  59. 紫式部の住居はどこにあったか?
  60. 作り物語の『源氏物語』に実在の人物が登場するのはなぜか?
  61. 紫式部と藤原道長の関係について
  62. 源氏物語に及ぼした伊勢物語の影響
  63. 「鈴虫」の巻名の由来は?
  64. 「侍従」という女房の役割は何か
  65. 光源氏が一番美人だと認めていた女君は誰か
  66. 紫式部の墓はどこにあるか
  67. 「雲隠」の巻は原作にあったのか
  68. 男君たちの魅力は
  69. 源氏物語に見える音楽
  70. 年立ての矛盾
  71. 各巻のあらすじ(1)桐壺・帚木
  72. 女君を選ぶとしたら?
  73. 各巻のあらすじ(2)空蝉・夕顔
  74. 『源氏物語』の続編(1)―『山路の露』―
  75. 各巻のあらすじ(3)若紫・末摘花
  76. 『源氏物語奥入(おくいり)』とは
  77. 源氏香とは何か
  78. 平安時代の風呂はどんなものであったか
  79. 牛車(ぎっしゃ)とは何か
  80. 貴族の日常生活はどういうものであったか
  81. 源氏物語にはなぜ大災害が描かれていないのか
  82. 源氏物語にあらわれた宿世観
  83. 源氏物語に登場する僧侶
  84. 『源氏物語』の主役の条件

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