74 『源氏物語』の続編(1)―『山路の露』―
『源氏物語の謎』増淵勝一 著 - 国研ウェブ文庫
『源氏物語』の、出家した浮舟と、それを知ったものの薫がとうとう会えずに終るという結末に、物足りなさを抱いた後世の愛読者が、続編を綴りました。
その一つに、平安末から鎌倉初期に書かれたとされる『山路の露』があります。現在流布本(続群書類従物語部などに所収)と古本(池田亀鑑・日本古典全書源氏物語七所収)とが知られていますが、両者共にかなりの欠脱があります。あらすじは次のとおりです。
薫はその後も小君を小野の浮舟の許にたびたび遣わしたが、浮舟は相変らず面会を拒否するので、薫はいよいよ心が乱れ、彼女の草庵にみずから忍んで行こうと思う。
北の方の女二の宮を訪れても、浮舟のことがしのばれ、また中の君は匂宮の歴然とした北の方である今となっては、ようやく疎遠となり、また故大君の面影を思い出すのであった。
一方浮舟は一心に勤行していたが、尼君たちは薫の好意を語り、彼女が薫の愛を受け入れないのを惜しんでいる。秋が深まるころ浮舟は母を恋しく思い出す。
薫はこのころ病んで、母の女三の宮などが心配したが、ようやく回復。再び小君を小野に遣わす。浮舟は尼君たちのすすめもあって小君に会い、母への手紙を託すが、薫には書かない。小君は困惑しつつもこの旨を薫に報告し、母への手紙を見せる。そこには、
厭いつつ棄てし命の消えやらで再び同じ憂き世にぞ住む
(生きているのがいやになって命を捨てたのに、とうてい死に切れず、再び以前と同じ憂き世に住んでいます)
という二首の和歌が記されていた。迷はせし心の闇を思ふにもまことの道は今ぞうれしき
(母君の心をまっ暗にさせましたが、今は仏道に入って無事に生きており、ご安心いただけるのは、うれしい次第です)
薫はついに小野に浮舟を訪ね、彼女のつれない心情を恨む。浮舟が心を動かさないので、薫は暗い気持ちで暁の露を分けて帰る。
他方、母は浮舟からの手紙に接して、その生存に驚いて訪ね、夜を徹して語る。母の下山後、浮舟は勤行に専心する。
薫は左大将兼内大臣に任ぜられる。北の方の女二の宮は懐妊する。年の暮れ、薫はねんごろに尼君たちに贈り物をし、浮舟をいかにしたものかと心を悩ましている。中の君にも歳暮の挨拶をするが、浮舟のことは話さなかった。
話は「夢浮橋」からほとんど進展せず、ただ匂宮と中の君、中の君と薫との間が安定してきていること、また薫が浮舟と面会したことや浮舟の母が娘の生存を知って喜ぶというのが話の山場になっています。作者が「宇治十帖」のよき理解者であったことは確かのようです。
『源氏物語の謎』増淵勝一 著 目次
- 『源氏物語』はいつ書かれたか
- 『源氏物語』はどんな物語か
- 『源氏物語』の巻名はだれがつけたものか
- 『源氏物語』の時代設定はいつか
- 光源氏に愛された女性の中で、一番しあわせだったのはだれか
- 『源氏物語』の伝本にはどんなものがあるか
- 『源氏物語』の三大滑稽人物とはだれか?
- 『源氏物語』という書名ははじめから付けられていたものか?
- 『源氏物語』の「もののあはれ」とは何か?
- 紫式部の名の由来は?
- 光源氏はなぜ義母の藤壺を思慕したのか。
- 「桐壺」とは何か
- 「雨夜の品定め」とは何か
- 「帚木」とは何か
- 『源氏物語』の三箇(さんか)の大事(だいじ)とは何か
- 紫式部堕獄(だごく)説とは何か
- 『源氏物語』は古人にどう評価されたか。
- 紫式部はどういう生涯を送ったか
- 登場人物の名づけ親は誰か
- 源氏物語の文章の「すべらかし」調とは?
- 光源氏の「二条院」はどこにあったか
- 源氏物語に描かれた結婚形態とは
- 「紅葉賀(もみじのが)」とは何か
- 源氏物語に近親結婚が多いのはなぜか
- 結婚を拒否する女性
- 光源氏はどんな容貌・容姿であったか
- 源氏物語の遺跡にはどんなものがあるか
- 源氏物語の構成はどうなっているか
- 乳母(めのと)とは何か
- 源氏物語には何首の和歌があるか。
- 「総角」巻の巻名の由来は何か。
- 光源氏はなぜ須磨に籠居したのか。
- 「夢浮橋」の巻名の由来は何か
- 光源氏の経済的基盤はどこにあったか(1)
- 弘徽殿の大后のモデルは誰か
- 桐壺の更衣のモデルは誰か
- 紫式部観音化身説とは?
- 光源氏の経済的基盤はどこにあったか(2)
- 源氏物語』の登場人物は何人ぐらいいるか?
- 『源氏物語』に登場する敵役(かたきやく)
- 主な女君たちの命日
- 平安貴族の住居はどんなものであったか
- 宇治の八の宮は二人の姫君を残してなぜ出家を目指すことができたか
- 源氏物語が長い間読まれつづけているのはなぜか
- 『源氏物語』の最も古い注釈書とは
- 「かがやく日の宮」巻とは何か
- 「澪標」の巻名の由来は?
- 『源氏物語』に描かれた病気
- 紫式部の教養
- 古注の集大成―『河海抄』
- 世界文学史上の『源氏物語』
- 紫式部の学問観
- 光源氏薨後の夫人たちの生活は?
- 物怪(もののけ)とは何か
- 「宿木(やどりぎ)」とは?
- 女君たちの魅力は?
- 六条院とはどんな邸宅であったか
- 女三の宮と柏木との関係を知った光源氏はどう対処したか?
- 紫式部の住居はどこにあったか?
- 作り物語の『源氏物語』に実在の人物が登場するのはなぜか?
- 紫式部と藤原道長の関係について
- 源氏物語に及ぼした伊勢物語の影響
- 「鈴虫」の巻名の由来は?
- 「侍従」という女房の役割は何か
- 光源氏が一番美人だと認めていた女君は誰か
- 紫式部の墓はどこにあるか
- 「雲隠」の巻は原作にあったのか
- 男君たちの魅力は
- 源氏物語に見える音楽
- 年立ての矛盾
- 各巻のあらすじ(1)桐壺・帚木
- 女君を選ぶとしたら?
- 各巻のあらすじ(2)空蝉・夕顔
- 『源氏物語』の続編(1)―『山路の露』―
- 各巻のあらすじ(3)若紫・末摘花
- 『源氏物語奥入(おくいり)』とは
- 源氏香とは何か
- 平安時代の風呂はどんなものであったか
- 牛車(ぎっしゃ)とは何か
- 貴族の日常生活はどういうものであったか
- 源氏物語にはなぜ大災害が描かれていないのか
- 源氏物語にあらわれた宿世観
- 源氏物語に登場する僧侶
- 『源氏物語』の主役の条件
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